29日の雨上がりの昼休みに会社の目の前にある山の農道を車で走ってみた。 毎朝このような緑の中を30分程度散歩しているが毎日同じ道を歩いていても全く飽きないのは不思議ですよね。 この山は静岡市内から安倍川を挟んで反対側にあり車で農道を走ることができる、知る人ぞ知る秘密?の農道。 山道は四季の変化を肌で感じ取ることができる場所で都会に住んでいる人には絶対に味わうことができないスポットなんです。 雨上がりで、いたるところが濡れていたり雫が付いていたりしているので普段と違って見えるのが嬉しい。 この景色が会社から来るまで数分の所にあるんです 赤色に染まった葉、部分的に真っ赤になっていました 上の赤い葉の裏側から撮影、逆光に照らされ透けている葉っぱの色に感動です。 上の写真の縦版、カメラを横から縦にしても雰囲気が変わるんですね 赤く染まった落ち葉 左の葉とは染まり方が違う 赤く染まった濡れ落ち葉を集めてみました コケが付着した階段、どれだけの年月がかかったのでしょうか。
最近コメントを頂く「京丹後のおやじさん」がつい最近、ブログ投稿開始してから600回を数えたとおやじさんのブログで言っていたけど、実は僕も一昨年の12月にブログ投稿を開始してから1年と8ヶ月の今回の投稿で600回目となりました。 中には1000回目と言う方もいるけど継続するということはつくづく大変なことだと思う。 今日の写真は休みの日に家の近くの公園に(10時過ぎ)カメラを持って行って30分位うろうろして撮影したものです。 本当は痛んでいない葉を写したかったけどこれも自然でいいのかな?陽射しによって透けた葉に光と影ができていてとても綺麗だった。 家の玄関に敷き詰めている石とコンクリートの間から一生懸命に咲いている綺麗な花、ピンク色がとても素敵! 花の名前は分からないけどその薄いピンク色の花がいくつも咲いていた。 せみの抜け殻が木に沢山張り付いていた 同じ花でも色んな形がある 光が透けた葉は感動ものです 木の上から「チィーチィー」と声が聞こえてきたので良く見るとつがいの鳥を発見(笑)。口ばしに餌を挟んでいた。 口をあけて餌を欲しがっているいる方が子供のようだ。 この鳥の名前が分かりませんが可愛い顔をしています。加藤先生!この鳥の名前を教えてください。
29日親戚の法事で鈴鹿市内へ。 夕方6時30分過ぎ、西の空に綺麗な夕焼けが輝いた。 雲が何重にも重なって立体的に見えるところにオレンジの光が反射しているが、地球も雲も動いており、刻々とオレンジ色の輝きが変化するので、「綺麗だ」と思った時にに撮影しないとタイミングを外してしまうことは過去にも度々経験している。 下記の写真は車で移動中に車窓(勿論助手席側)から見えた夕日を車を止めることが出来なかったので走っている車の中から撮影。 ほんとは田んぼ越しに夕日を撮影したかったんだけど目的地に着いてあわててカメラを持って撮影ポイントを探して歩くもやっぱり太陽の輝きが無くなっていたのは残念でしょうがない・・・・。 綺麗な夕日に「感謝!!」「ありがとう!!!」 田畑の水に映った夕日「きれいだなぁぁ」 水に反射した赤い夕日が幻想的だった 夜の鈴鹿市内の小さな漁港 鈴鹿市内の海岸から伊勢湾に向かって撮影。 対岸にセントレアも見えていた。 自転車で海岸沿いに走るも「ぴたり」と追いかけてくる海面に映る月明かりがとても不思議に感じる。
親戚の法事で鈴鹿市内へ。 満開の稲穂の緑が緑のじゅうたんを敷き詰めたようでムッチャクチャ綺麗だったのでカメラを持って散歩することに。 9時過ぎだったが、ギラギラとした太陽でゆっくりとあるいたにも係わらず汗が吹き出てくる。「むし暑いなぁ」 大面積の田んぼが一面に広がっていて静岡市内では味わえない風景に心が和む。 あぜ道を撮影!ジオラマ風に!! 上のあぜ道を引いて撮影するとこんな感じ! 満開の稲穂 綺麗なひまわりに感動っ!!そういえば真夏だんだよね! ひまわり畑
24〜25日と京都市内で開催されたセミナーに出席。 24日は京都市役所近くのホテルに20時30分頃チェックイン後に近くを散歩してみることに。 蒸し暑い中ブラブラと歩いていると雰囲気のある小道に入ったと思ったらあの有名な先斗町。 先斗町の歴史をウイッキペディアで調べてみると「もともとは鴨川の州で、江戸時代初期に護岸工事で埋立てられ、新河原町通と呼ばれていた。 繁華街としては茶屋、旅籠などが置かれたのが始まりですでに芸妓、娼妓が居住するようになり何度も取り締られていたが川端二条にあった『二条新地』(にじょうしんち)の出稼ぎ地として認められ、明治初期に独立をした。 明治5年(1872年)に鴨川をどりが初演され、先斗町は花街としての花を開かせた。舞踊の流派は尾上流である」と記されている。 また、「三条から四条の間/鴨川堤防西側の通りで祇園と並ぶ古い花街で、最近は小料理店も多くなり初めての方でも気軽に食事が楽しめる」とも書かれている有名な小道だった。 http://homepage2.nifty.com/cub/niwa/ponto.htm(先斗町の風景) その昔は一元さんお断りの店のほうが多かったのはなかろうか? 21時過ぎの先斗町は観光客のほうが多かったようだ。 先斗町:歌歌舞練場 先斗町 先斗町を抜けて四条通りを右に曲がり少し歩いたら警察官が四つ角を警備していたので聞いてみたら神輿が通るとのこと。 ここまで来たらやっぱり神輿を観てみたい? 四条通りを少し歩いて寺町通りを右折しアーケード街を歩いていると前方から威勢の良い担ぎ手で揺れている神輿がやってきた。 何でも近くにある八坂神社に向かうという。 こちらのほうも八坂神社をネットで調べてみるとこの神輿は祇園祭の中の神輿渡御関行事の還元祭だということが分かった。 中御座(六角形[スサノヲノミコト])、東御座(四角形[クシイナダヒメノミコト])、西御座(八角形[ヤハシラノミコガミ])の三基の神輿、及び東若御座の神輿が氏子区域を巡行。 7月10日の神輿洗式、15日の宵宮祭を経て神霊をうつした神輿は、山鉾巡行の行われる7月17日夕刻八坂神社を出発し、主に鴨川以東、河原町などを通り、同日夜四条寺町の御旅所に入ります。花傘巡行の行われる24日まで滞在し、24日夕方より今度は寺町通以西の区域をまわり、夜遅くに八坂神社に戻る行事。 1台前の神輿はおとなしく過ぎ去ってしまったがこの神輿は相当に気合が入っていて神輿の前後で担ぎ手が上下に激しく揺すっていて迫力満点だった。 中には刺青をしている若衆もいた。 お母さんに肩車にされて参加している子供が可愛かった
先日、「70歳太平洋処航海」を出版した叔父・村田和雄氏の出版記念パーティーが霞ヶ関ビル「東海大学会友会館」で開催された。 出席者の多くは叔父の出身大学である横浜国大ヨット部の仲間達。そして同じくヨット関係者が多かったようだ。 70歳ともなると見た目の年齢差が相当あってどちらかと言うと「ヨットに乗り降りすることも出来そうにもない」と思える人達のほうが多かった気がする。(失礼しました!!笑) 出版記念パーティ会場は霞ヶ関ビル33階にある東海大学会友会館 会場から見えた国会議事堂 素晴らしい眺望に感動!! 知人の挨拶に笑顔がこぼれる村田和雄氏 GPSに記録されている航海中のルート ・ 毎日の食料で1週間が1セットになっている。量は多くなく、航海中に体重は10キロ減ったという。 身内以外の出席者の集合写真:お互い「歳をとったなぁ」と思っているのでは?笑) 生きて帰ってくる確率は50%の覚悟だったが出航の際は心の迷いは全くなかったと言う。 父も信念を持ってそれをやりきる頑固さを持っていますが、叔父も自分の夢を命がけでやりきるという強い信念で事を進めたことだと思います。 とにかく和気あいあいとした楽しいパーティーでした。 「70歳太平洋処女横断」がベストセラーになることを心から祈っております。
先週、生まれて初めてオールスターゲームを観戦。 元々プロ野球は好きなほうで中学高校生の時はTVを観ながら「スコアカード」を書いたこともあったことがある位だったんです。 好きなチームは勿論「ジャイアンツ」だが家庭のTVのチャンネル争いは当然ごとく?家族に主導権があり今ではすっかりと観る機会もなくなってしまい知っている選手はレギュラー位となってしまった。 そんなプロ野球に素人同然の状況だけどやっぱりオールスターというお祭りに血が騒ぎ心踊りながらの球場入り。 試合前の選手の練習から欽ちゃん(萩本欽一さん)が雰囲気を盛り上げている。 選手の顔が読み取れるくらいの場所に座るのも初めてだったが練習中も試合中も笑顔があった。 「やっぱりオールスターはお祭りなんだなぁ!!」 試合の中で特に興奮したのは小笠原対ダルビッシュの対決でダルビッシュもストレート一本。 双眼鏡越しにダルビッシュが声を出しながらの気迫の投球と小笠原のフルスイングは見ごたえがあった。 選手紹介、各球団のマスコットが可愛らしかった 萩本欽一(欽ちゃん)の面白おかしいトークが会場を盛り上げる ご存知東北楽天:田中投手 MVP ヤクルト・ラミレス選手 寂しい光景ですね プロのカメラマン? みんな写真をメールしてる所