社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

スポーツ

2025_11/26

毎朝3時半起床の習慣がつくる一日のリズム

最近は、毎朝3時半に起きる生活が続いています。

起きたらまず、台所の水切りに並んだ食器を棚に戻し、室内に干してある洗濯物をたたみ、洗うものを洗濯機へ。

そんな家の雑用をしていると、気がつけば小一時間が経っています。

その後は、SNSに投稿したり、コメントをくださった皆さまのページへお邪魔したりしているうちに、もう5時半。

そこから真っ暗な中、6kmの早朝ウォーキングに出発します。

3km先の静岡護国神社に参拝し、帰り道には空がしらじらと明けはじめ、朝の空気がとても気持ちいい。

この静かな時間の積み重ねが、今の自分をつくっているのだと感じています。

写真:早朝ウォーキング中に撮影

2025_11/02

早朝ウォーキングの安全対策、進化していました!

健康維持のために続けている早朝ウォーキング。

できるだけ速いペースで歩くよう心がけています。

出発時間はいつも朝5時半が目標。

夏シーズンは空も明るく気持ちよく歩けますが、最近ではすっかり真っ暗な中でのスタートになっています。

これまで特に反射板などは付けずに歩いていましたが、やはり安全のためには必要だと感じ、ネットで調べてみることに。

以前は「ただの反射板」しかなかったのが、今では充電式の高輝度LED反射グッズが主流になっているんですね。

さっそく今回は、腕に巻くタイプのLED反射バンドを購入しました。

光がしっかり届いて、遠くからでも視認性抜群。

これで、暗い時間帯のウォーキングも安心して続けられそうです。


充電式高輝度LED反射板

2025_10/29

走ることから歩くことへ──68歳の新たな挑戦

今から10年前、58歳のときに「60歳でフルマラソンを走る」という目標を立て、早朝ランを始めました。

そして迎えた60歳での初フルマラソンは5時間40分、62歳では5時間59分で完走。

その後、63歳で再チャレンジを考えていましたが、コロナ禍で大会が中止になってしまい、
数年後に再開された頃には、体力が以前ほどではなくなっていました。

それでも昨年67歳のときに10kmマラソンを完走。

その後は長く走ることが難しくなりましたが、今は「歩くこと」で心身を整える日々です。

直近4週間で歩いた距離は100km、1年間では864km。

走れなくても、“月間100km歩く”ことと、68歳での「50kmウォーク完歩」が目標です。

歩みの形は変わっても、挑戦する気持ちは今も変わりません。

2025_09/11

「ウォーキングで気づいた小さな時代の変化!」

最近の早朝ウォーキングで気づいたことがあります。

以前は家の玄関に表札があるのが当たり前でしたが、最近では掲げていない家を見かけるようになりました。

以前からアパートやマンションの郵便ポストに名前を書かないということはありましたが、先日見たアパートでは、すべてのポストに住人の名前が書かれていません。

郵便配達員さんや宅配業者さんは、きっと大変だろうなと感じます。

それだけ安心して名前を出せない、個人情報に気を使う世の中になってしまったということなのかもしれません。

 

2025_08/21

10年間続けた朝ラン、今はウォーキングで楽しんでいます!

10年前の58歳の時に、「60歳でフルマラソンを走る」という目的で始めた朝ラン。

最初は短い距離からでしたが、走るたびに心も体も軽くなり、毎朝の習慣として欠かせないものになっていきました。

ところが、年齢を重ねて68歳となった今、さすがに体力の衰えを感じるようになり、ちょっと走っただけでも息切れはするし、足が重たくなる。

無理をすれば体に負担をかけてしまうこともあり、「継続すること」と「体を大切にすること」のバランスを考えるようになりました。

ランニングから“早歩き”に切り替えても月間目標100kmは変わりません。

形を変えながらでも続けていくことが、これからの健康づくりにつながると感じています。

「皆さんはどんな健康習慣を続けていますか?」

写真:ウォーキング中に撮影、ネットで調べたら「フヨウ」とのこと。

2025_07/19

体力が落ち、走れない体になってきました!

10年前から続けていた早朝ラン。

1年程前から、その日の体調によっては走れない日があるようになりました。

68歳の年齢を考えると仕方のないこと。

月日が流れるごとに走れる距離が短くなってくる。

現在では、早朝の静岡護国神社までの往復6kmの1/10程度しか走れなくなりました。

走れなくなってもウォーキングは続けるぞ・・・!

写真:早朝ウォーキング中に久しぶりに見えた富士山

富士山

2025_06/06

「4番、サード長嶋、背番号3」

物心ついた頃からジャイアンツファン。

青春時代はV9時代、読売巨人軍は強かった。

場内アナウンスの「4番、サード長嶋」にしびれない人はいなかったんじゃぁないかなぁ。

高校2年生の時に惜しまれながら引退しましたが、当時、静岡駅の売店にあった各スポーツ紙を1部づつ全部購入したものです。

LPレコード「ミスターG 栄光の背番号3」も購入。

ネットで調べるとV9時代の1番から8番までの代表的な選手は下記の通りですが、「4番、サード、長嶋」が多かったようです。

長嶋さんがサードゴロをキャッチし、体を傾けてサイドスローで投げ、手の指をまっすぐにするのを真似したなぁ!

1番 センター 柴田
2番 レフト 高田
3番 ファースト
4番 サード 長嶋
5番 レフト 末次
6番 セカンド 土井
7番 ショート 黒江
8番 キャッチャー

写真上・中
「ミスター・ジャイアンツ長嶋茂雄その栄光の奇跡」 昭和49年発行(1974年)

写真下
(左)「野球に強くなる」昭和37年発行(1962年)
(中)「野球入門巨人軍」昭和45年発行(1970年)
(下)「ミスター・ジャイアンツ長嶋茂雄その栄光の奇跡」 昭和49年発行(1974年)