社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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神社仏閣

2026_04/26

「武士は、なぜ改名していったのでしょうか?」

靖国神社にそびえ立つ、大村益次郎の銅像。

この像は、靖国神社の前身である「東京招魂社」の創建に尽力した功績を讃えて設置されているそうです。

大村益次郎の「旧姓は『村田』、幼名は『宗太郎』」。

私と同じ名字だということに、勝手ながら親近感を覚えています。

「昔の武士はなぜ頻繁に名前を変えたのでしょうか?」

疑問に思い、調べてみました。

大きな理由は「元服」にあります。大人になる通過儀礼として幼名を捨て、成人としての名を授かる。

また、出世に伴い主君から名前の一文字を授かる「偏諱(へんき)」という文化もあった。

これは単なる改名ではなく、 主君への忠誠を誓い、組織における重責を背負うという「決意の表れ」。

役職が変われば、見るべき世界が変わる。

武士にとって名前の変化は、まさに「成長と責任の証」だった。

「なるほどねぇ~!」

現代の私たちも名前こそ変わりませんが、日々の成長とともに、心の持ちようや視座を常にアップデートしていきたいものです。

2026_04/24

「私の毎朝のルーティン!」

今日も元気に目が覚めました!

朝一番に気持ちよく目覚めることができること。

これが私の何よりのエネルギー源。

毎日3時起床が目標です。

日々、どのようなルーティンで過ごしているか、少しだけご紹介。

「3:00 起床」
まずは台所周りの整理から。

「バスタイム」
お風呂でシャンプー。
実はこれ、睡眠時に装着している、シーパップ(CPAP)」のベルト跡を直すためなんです(笑)。

「感謝の時間」
仏壇用のお茶とコーヒーを淹れ、神棚と仏壇へ手を合わせます。
無事に目が覚めたことに感謝し、今日一日の無事を祈る。
この静かな時間が、一日の心の土台になります。

「PCワーク」
4時過ぎからはPCに向かい、SNS投稿やメールチェックなどの事務作業を。

「運動」
5時20分頃からは、静岡護国神社までの往復6kmをラン&ウォーキング。
心身を整える大切な運動です

「朝食準備」
出勤 6時30分に朝食の準備をして、7時20分頃には出勤。

「就寝」
夜は9時前に就寝。

こうして書き出してみると、朝の数時間が、その日一日の質を決めているのだと改めて感じます。

特別なことではありませんが、毎日コツコツと積み重ねること。

感謝を忘れず、健康を維持すること。

これからも、このルーティンを大切に、一日一日を丁寧に積み重ねていきたいと思います。

 

2026_04/14

日課のラン&ウォーキングと「護国神社」への想い。平和な日常に感謝して。

毎日の健康維持と心のリフレッシュを兼ねて、自宅から静岡県護国神社までの往復6キロを「ラン&ウォーキング」するのが日課です。

馴染み深い場所ですが、ふと「護国神社」という名前の由来が気になり、改めて調べてみました。

そこには「国を守る」という言葉通り、尊い命を捧げた方々の御霊を祀り、今の平和な日本を祈り続けるという深い歴史が刻まれていました。

明治以降の招魂社から始まり、全国の護国神社として受け継がれてきた「平和への願い」。

私が日々駆け抜けているこの道は、先人たちの犠牲の上に成り立つ、かけがえのない平和な日常なのだと改めて感じます。

これからも、歴史の息吹を感じながら、一歩ずつ健やかに歩みを進めていきたいと思います。

2026_04/02

駿府で過ごした晩年。徳川家康公が「平和の神」として祀られた理由。

徳川家康公は晩年、静岡市に住んでいました。

その死後、家康公が神格化されたことで「久能山東照宮」が創建されましたが、なぜこれほどまでに神格化されたのか、気になって調べてみました。

家康公は死後、なぜ「東照大権現(とうしょうだいごんげん)」として祀られることになったのでしょうか?

最大の理由は、長く苦しい戦国時代を終わらせた功績にある。

当時の人々にとって家康公は、まさに救世主のような存在であり、

その圧倒的なカリスマ性が、死後も「平和の守護神」として崇められる大きな背景となった。

また、政治的な側面もあり、

徳川幕府が家康公を神として祀ることで、幕府の統治に宗教的な権威を与え、支配の正当性を高めるという狙いがあったと言われている。

宗教的には天台宗の思想が影響し、「神として現世に現れ、人々を救う」という権現信仰へと繋がっていった。

なるほど・・・。

写真:久能山東照宮

2026_02/07

静岡浅間神社の節分祭で「鬼やらい」と「豆まき」奉仕!

2月3日、静岡浅間神社で開催された節分祭にて、「御年役(おとしやく)」の奉仕をさせていただきました。

当日は、背広の上に裃(かみしも)をビシッと着装。

厳かな雰囲気の中、正式参拝に続いて「鬼やらい神事」が執り行われました。

この「鬼やらい神事」とは、宮司以下神職が太鼓や鈴を鳴らし、世話人・参列者が梅と柳の若枝を麻で結んだ『おにやら棒』で戸板を叩き、悪鬼を追い払う神事のことです。

その後は、40数名の御年役の皆さまと共に、豆や福餅、お菓子をまいて、地域の皆さまの無病息災を願いました。

私の隣で一緒に奉仕をされたのは、静岡朝日テレビの嶋田光起さん。 爽やかな嶋田さんと共に、福を呼び込むお手伝いができ、とても清々しい一日となりました。

写真提供:高校時代の友人「扇英樹」くん

 

2026_01/26

「希望を叶えるには、神社のご利益?」

神社に行くと、「商売繁盛」「家内安全」「合格祈願」など、さまざまな「ご利益」が掲げられています。

調べると「神仏が人間に与えるお恵み」と出てきますが、これは現世を生きる人間が作り出した概念だと思います。

この世にいない神さまが、「私に祈れば、こういう結果が得られますよ」と具体的に語っているとは考えにくい。

神社の広大な境内や社殿を維持するには、多額の費用がかかるので、「ご利益」は、人々が参拝するきっかけとなる入口の役割を果たしているように感じます。

願いが叶うかどうかは、神社に通う回数よりも、その後にどれだけ努力を重ねるか。

神社は結果を与える場所ではなく、覚悟を整え、背中を押してもらう場所なのではないでしょうか?

2025_11/24

「新嘗祭」、天皇陛下が新米を召し上がる大切な日!

昨日、静岡浅間神社で催行された「新嘗祭(にいなめさい)」に参加してきました。

新嘗祭は、その年に収穫された新米を神さまにお供えし、五穀豊穣と日々の恵みに感謝する伝統的な神事です。

日本では古来より天皇陛下が最も大切にされてきた祭祀で、今でも新嘗祭の後には、陛下ご自身がその年の新米を、親しく食すことで、日本国が穏やかで平和なことを祈られると言われています。

静岡浅間神社の境内は七五三を祝う家族で賑わっていましたが、普段の暮らしが自然の恵みに支えられていることを改めて実感しました。

忙しさに流されがちな日常の中で、心が整うひとときでした。


静岡浅間神社