社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

神社仏閣

2026_06/21

【幹部合宿】時の栖「ありがとう寺」で魂が震える学び!大阿闍梨・町田宗鳳氏の講話と護摩焚き!

6月19日(金)~20日(土)の2日間にわたり、静岡県御殿場市にある「時の栖(ときのすみか)」にて、幹部職合宿を開催いたしました。

初日は、敷地内にある「ありがとう寺」のご住職でもあり、天台宗の大阿闍梨の称号を持つ町田宗鳳(まちだ そうほう)氏に、「講話」と「ありがとう禅」、そして「護摩焚き(ごまたき)」をしていただきました。

町田氏は、14歳で家出をし、京都の臨済宗大徳寺で20年間もの修行を積まれた後、渡米。

ハーバード大学神学部で神学修士号を取得され、ペンシルバニア大学准教授、国立シンガポール大学教授、東京外国語大学教授、広島大学大学院教授などを歴任されてきた、まさに異色の経歴を持つ僧侶です。

そんな町田氏による講話では、心に深く刺さる数多くのメッセージをいただきました。

「基本の型を学ぶことは大切だが、型にはまってはいけない。型をぶち破れ」

「社員が主体的に働く会社を目指す」

「人生の勝ち組とは、日々の感謝を忘れず、家庭円満で、健康長寿を全うする人」

まさに、私が日頃から目指している経営の方向性を力強く後押ししてくれるような内容ばかりで、数多くの気づきと学びをいただくことができました。

さらに、その後の護摩焚き(弘法大師護摩)では、 「創造につぐ創造が嵐を呼び、無限の彼方に漂う一滴となるのだ」 という、大変力強い霊示をいただきました。

続く2日目は、ホテルの会議室に場所を移してのセッション。

仲間たちと共に、本当に実り多き豊かな学びと時間を共有することができたことをとても嬉しく思っています。

素晴らしい教えを授けてくださった町田ご住職、そして共に最高の時間を過ごしてくれた仲間に心からの感謝・感謝です。

この合宿で得たエネルギーを胸に、また今日から目の前の仕事に邁進してまいりたいと思います!

町田宗鳳住職のブログ「いのちの響き」で当社のことをupしていただきました。https://ameblo.jp/kazenotsudoi/entry-12970214103.html

写真:「ありがとう寺」お堂にて

2026_06/17

「天照大御神とは?」

伊勢の地にお祀りされている神様「天照大御神」は、一体どのような神様なのでしょうか。

私も「神様の中での最高位に位置している」というくらいの知識しかありませんでしたので、調べてみました。

天照大御神は、日本の「八百万」の神様の最高位に位置し、皇室の祖先であり、私たち日本人の「総氏神」として崇敬されている神様です。

その正体は、文字通り「太陽」そのもの。

太陽は、誰に対しても、どこにいても、分け隔てなく等しく光と温もりを注いでくれます。

「良い人だから照らす、悪い人だから照らさない」ということは絶対にありません。

すべての生命を育み、無条件でエネルギーを与え続けてくれる存在です。

神話の「天岩戸」の話でも、天照大御神が隠れてしまうと世界が真っ暗闇になり、様々な災いが起きてしまいましたが、再びお姿を現されたとき、世界は喜びと光に満ち溢れたといいます。

この「太陽の生き方」は、まさに私たちが目指すべき姿ではないでしょうか。

周りの人々に対して、損得や好き嫌いで態度を変えることなく、いつも明るい笑顔と温かい言葉を等しく注ぎ続けること。

自分がいるだけで、その場の空気がパッと明るくなり、周りの人の笑顔を引き出せるような、そんな「心の太陽」であることができたら本当に嬉しいです。

画像:Ai生成

2026_06/15

「伊勢神宮は誰が建てたの?天照大御神が選んだ理想の地」

昨日、20年ごとに執り行われる「第63回 伊勢神宮式年遷宮」のお木曳行事の記事をupしました。

今まであまり気にしたことがなかったのですが、ふと、「伊勢神宮って、一体誰が創建したのだろう?」という疑問が湧いてきたので、調べてみました。

現在の内宮(皇大神宮)の場所を定め、天照大御神をお祀りされたのは、今から約2000年前の第11代 垂仁(すいにん)天皇の皇女、「倭姫命(やまとひめのみこと)」です。

それよりも前、天照大御神は天皇の宮中(現在の奈良県にあった大和の都)で、天皇と同床共殿(どうしょうきょうでん:同じ部屋で一緒に暮らすこと)としてお祀りされていました。

しかし、第10代 崇神(すじん)天皇の時代に「神様のパワーがあまりにも強すぎるため、宮中からお出しして、もっとふさわしい清らかな場所でお祀りしよう」ということになったのです。

そこで、神様の「御杖代(みつえしろ:神様の杖の代わりとなって仕える者)」として、最高の地を探す旅に出たのが倭姫命でした。

大和の国(奈良)を出発し、伊賀、近江、美濃、尾張(三重、滋賀、岐阜、愛知)など、気の遠くなるような長い年月をかけて各地を巡られ、最後にたどり着いたのが伊勢の地でした。

伊勢に辿り着いたとき、天照大御神からこのような神託(お告げ)があったと『日本書紀』に記されているそうです。

「この伊勢の国は、美しい波が打ち寄せる国である。常世の国(海の彼方にある理想郷)からの波が帰る国である。素晴らしい国なので、私はここにいたい」

この言葉を受け、倭姫命は五十鈴川の川上(現在の内宮の場所)に社殿を建てたのが伊勢神宮(内宮)の始まりです。

一方、外宮がご鎮座されたのはそれから約500年後、第21代 雄略(ゆうりゃく)天皇の時代。

天照大御神の「食事」を司る神として、丹波の国から豊受大御神(とようけのおおみかみ)を現在の地にお迎えしてお祀りされました。

「なるほど・・・」

2000年もの昔、一人の女性が神様のために一歩一歩歩いて最高の地を見つけ、それが今もなお変わらずに守り続けられている。

そう思うと、伊勢神宮へ参拝したときのあの神聖な空気感や、先人たちが繋いできてくれた歴史の重みに、改めて深い感動と感謝の念が湧いてきます。

壮大な歴史のロマンに思いを馳せながら、今日も目の前の感謝・感謝の歩みを進めていきたいです。

写真:伊勢神宮 内宮

2026_06/14

伊勢神宮のお木曳(おきひき)「〜550年以上続く伝統の綱を引く!」

伊勢神宮の式年遷宮。

20年に一度、社殿を新たに造営し、装束、神宝をはじめ、全てを新しくして、大御神に新宮へお遷りいただく神宮最大のお祭り。

次の式年遷宮(第63回)は2033年ですが、8年前(昨年)の山口祭から始まっています。

山口祭とは、神聖な木を切り出す特別な山で、用材を切り始める前に、その入り口(山口)の神様に対して、伐採や運搬の安全を祈る重要な儀式のこと。

そして遷宮7年前となる今年、執り行われたのが「お木曳行事(おきひき)」です。

お木曳とは、新しいお社を造るための巨大な御用材(檜の大木)を神域へと運び入れる、550年以上も続く尊い奉祝行事。

昨日、このお木曳行事に参加させていただくという大変有難い機会に恵まれました。

本来は神領民(伊勢市民)のための行事ですが、第60回の式年遷宮から始まった全国崇敬者に「特別神領民」として参加し、綱を曳かせていただくことができました。

お木曳前には二見興玉神社と内宮に正式参拝。

樹齢100年ものの大木が載せられた、美しく飾られた奉曳車(ほうえいしゃ)からは、なんと200mもの長い綱が2本も伸びています。

その綱を、全国から集まった約650名の大勢の参加者と一緒に握り締め、「エンヤ、エンヤ」という掛け声とともに力強く引かせていただきました。

空に響き渡る伝統の「木遣り(きやり)歌」。

「エンヤ」の掛け声のもと、老若男女が立場を超え、ただ一つの目的のために心を一つにして大木を動かしていく・・・。

終了後には外宮に正式参拝。

何百年もの間、伊勢の人々は「大切なものを次の世代へ守り伝える」という誇りと共に、思いのバトンを繋いできたのだと、肌で実感させていただきました。

素晴らしいご縁と、すべての出逢いに心から感謝・感謝です。

2026_06/01

毎朝の習慣と、臨済宗妙心寺派の「お線香1本」に込められた意味!

毎朝、仏壇にお茶を供え、お線香を焚いて手を合わせることが私の日課となっています。

ふと、「自分の宗派(臨済宗妙心寺派)では、基本的にお線香は何本焚くのが正しいのだろう?」と気になり、調べてみました。

結論から言うと、臨済宗の基本は「1本」だそうです。

香炉の真ん中に、折らずにまっすぐ立てるのが作法だそうです。

禅宗において、1本のお線香には「一本の木のようにまっすぐ生きる」「心を一つに集中させて仏様に向き合う」という意味が込められているとのこと。

「なるほど・・・!」

家庭にある仏壇の場合は、「雑念を払って、真っ直ぐにご先祖さまたちと向き合う」ということになるのでしょうね。

何本焚くかという形以上に、毎朝の「感謝の心」が一番大切ですが、作法の意味を知ると、いつもの朝の時間がさらに深く、心地よいものに感じられます。

画像:Ai生成

2026_05/20

「仏教、なぜお線香を焚くの?」

毎朝、お仏壇にお参りしています。

当たり前のように、お線香を焚いて手を合わせていましたが、「一体どのような理由があるのだろう?」とふと気になり、調べてみました。

仏教では亡くなられた方は食事の代わりに「良い香り」を召し上がると言われており、これを「香食(こうじき)」と呼ぶ。

つまり、お線香を焚くことは、ご先祖様へ温かいご飯をお供えするのと同じ、最上のおもてなしになる。

また、ゆらゆらと立ち上る煙は「あの世とこの世をつなぐ架け橋」となる。

私たちが心の中で語りかける感謝の言葉や近況報告は、この煙に乗って真っ直ぐご先祖様へと届いていく。

さらに、その香りは私たち自身の心や空間を清めてくれる効果もあり、 お線香の香りを嗅ぐとホッと心が落ち着くのは、自分自身のお清めができている証拠かもしれません。

「なるほどね・・・!」

何気ない日々の習慣も、こうして深い意味を知ると、ご先祖様との心の会話がより愛おしく、大切な時間に感じられます。

画像:Ai生成

2026_04/26

「武士は、なぜ改名していったのでしょうか?」

靖国神社にそびえ立つ、大村益次郎の銅像。

この像は、靖国神社の前身である「東京招魂社」の創建に尽力した功績を讃えて設置されているそうです。

大村益次郎の「旧姓は『村田』、幼名は『宗太郎』」。

私と同じ名字だということに、勝手ながら親近感を覚えています。

「昔の武士はなぜ頻繁に名前を変えたのでしょうか?」

疑問に思い、調べてみました。

大きな理由は「元服」にあります。大人になる通過儀礼として幼名を捨て、成人としての名を授かる。

また、出世に伴い主君から名前の一文字を授かる「偏諱(へんき)」という文化もあった。

これは単なる改名ではなく、 主君への忠誠を誓い、組織における重責を背負うという「決意の表れ」。

役職が変われば、見るべき世界が変わる。

武士にとって名前の変化は、まさに「成長と責任の証」だった。

「なるほどねぇ~!」

現代の私たちも名前こそ変わりませんが、日々の成長とともに、心の持ちようや視座を常にアップデートしていきたいものです。