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神社仏閣

2026_02/07

静岡浅間神社の節分祭で「鬼やらい」と「豆まき」奉仕!

2月3日、静岡浅間神社で開催された節分祭にて、「御年役(おとしやく)」の奉仕をさせていただきました。

当日は、背広の上に裃(かみしも)をビシッと着装。

厳かな雰囲気の中、正式参拝に続いて「鬼やらい神事」が執り行われました。

この「鬼やらい神事」とは、宮司以下神職が太鼓や鈴を鳴らし、世話人・参列者が梅と柳の若枝を麻で結んだ『おにやら棒』で戸板を叩き、悪鬼を追い払う神事のことです。

その後は、40数名の御年役の皆さまと共に、豆や福餅、お菓子をまいて、地域の皆さまの無病息災を願いました。

私の隣で一緒に奉仕をされたのは、静岡朝日テレビの嶋田光起さん。 爽やかな嶋田さんと共に、福を呼び込むお手伝いができ、とても清々しい一日となりました。

写真提供:高校時代の友人「扇英樹」くん

 

2026_01/26

「希望を叶えるには、神社のご利益?」

神社に行くと、「商売繁盛」「家内安全」「合格祈願」など、さまざまな「ご利益」が掲げられています。

調べると「神仏が人間に与えるお恵み」と出てきますが、これは現世を生きる人間が作り出した概念だと思います。

この世にいない神さまが、「私に祈れば、こういう結果が得られますよ」と具体的に語っているとは考えにくい。

神社の広大な境内や社殿を維持するには、多額の費用がかかるので、「ご利益」は、人々が参拝するきっかけとなる入口の役割を果たしているように感じます。

願いが叶うかどうかは、神社に通う回数よりも、その後にどれだけ努力を重ねるか。

神社は結果を与える場所ではなく、覚悟を整え、背中を押してもらう場所なのではないでしょうか?

2025_11/24

「新嘗祭」、天皇陛下が新米を召し上がる大切な日!

昨日、静岡浅間神社で催行された「新嘗祭(にいなめさい)」に参加してきました。

新嘗祭は、その年に収穫された新米を神さまにお供えし、五穀豊穣と日々の恵みに感謝する伝統的な神事です。

日本では古来より天皇陛下が最も大切にされてきた祭祀で、今でも新嘗祭の後には、陛下ご自身がその年の新米を、親しく食すことで、日本国が穏やかで平和なことを祈られると言われています。

静岡浅間神社の境内は七五三を祝う家族で賑わっていましたが、普段の暮らしが自然の恵みに支えられていることを改めて実感しました。

忙しさに流されがちな日常の中で、心が整うひとときでした。


静岡浅間神社

2025_11/17

静岡市内にある「軍神社」の由来は?

静岡市内に、以前から気になっていた神社があります。

その名も「軍神社」。

名前からして戦にゆかりのある場所だろうとは思っていましたが、調べてみると由緒ある神社でした。

軍神社は、主祭神は、武の神として知られる武甕槌命(たけみかづちのみこと)と経津主命(ふつぬしのみこと)。

平安時代に坂上田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)が蝦夷平定を記念して創建したと伝えられています。

(坂上田村麻呂・・・ 4代の天皇に仕えて忠臣として名高く、桓武天皇の軍事を支えた一人であり、二度にわたり征夷大将軍を勤めて功績を残した。)

(蝦夷【えみし、えぞ】とは、古代から中世にかけて、主に大和朝廷【中央政府】の支配領域の外、特に東方・北方【現在の東北地方や北海道】に居住していた人々に対して、中央政府側が用いた呼称)

さらに、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際にこの地で戦勝祈願をしたという伝説も残っています。

徳川家康が本殿に幟(のぼり)や鉾(ほこ)を奉納した記録もあり、地元でも特に歴史深い神社の一つ。

いずれも“軍神”として古くから信仰されてきた神々です。

神社のすぐ横には旧東海道が通っており、かつて戦に向かう武士たちがここで祈りを捧げたのだろうか……と静かに思いを巡らせてしまいます。

2025_11/01

お賽銭は「投げる」ではなく「捧げる」もの

初詣やお祭りなどで神社を訪れると、賽銭箱に向かって小銭を投げ入れる人をよく見かけますが、その光景見るたびに、違和感を感じます。

人に対してお金を投げるのは失礼とされるのに、神様や仏様に向かって投げるのはなぜ許されるのでしょうか。

お賽銭とは、本来“お願いの代償”ではなく、“感謝の気持ち”を表す行為であって、
「投げる」よりも「静かに捧げる」方がふさわしいのではないかと。

私自身、参拝の際には賽銭箱の前に立ち、心を落ち着けて静かにお金を入れるようにしています。

そして、それは金額の多い少ないではなく、“心のこもり方”が問題ではないかと。

神仏への敬意は、手の動作ひとつ、音の立て方ひとつに表れるものだと感じます。

靖国神社

2025_09/19

「ただの石じゃなかった!神社の砂利の役割!」

伊勢神宮に代表されるように、神社の参道には白い砂利が敷き詰められています。

なぜ砂利道なのだろう?と思い調べてみると、そこには深い意味がありました。

まず、石や砂利には「不浄を祓う力」があるとされ、参道を清らかに保つだけでなく、歩く人の足を自然に清める効果がある。

また、土のままでは俗世と神域の境があいまいですが、砂利を敷くことで「ここからは神様の領域ですよ」という結界の役割を果たしている。

さらに「ジャリジャリ」と踏む音には、邪気を祓ったり、神様に参拝者の訪れを知らせたりする意味も込められている。

実用面でも、雨水をよく通すため地面がぬかるみにくく、雑草も生えにくいので美しい景観が保たれる。

なるほど、砂利一つにも神社の奥深い心づかいが込められているのですね。

写真:静岡護国神社参道
神社の砂利道

2025_09/17

「神社の参道、歩くのは右?左?」

神社の参道では、真ん中は「神様の通り道」とされているので歩いてはいけない、というのはよく知られた作法です。

では、実際に歩くときは左側か右側か、どちらが正しいのでしょうか?

調べてみると、基本的には左右どちらでも問題はないそうです。

ただし、参拝者が多い神社や由緒ある神社では、昔からの習わしや混雑を避けるために「右側を歩いてください」「左側を歩いてください」と案内されている場合があると。

ちなみに、私は左側を歩くようにしていますが、大切なのは、中央を避けて歩き、神様への敬意を示すことだと感じています。

写真:静岡護国神社 時間があれば自宅から護国神社までの往復6kmを歩いています。