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歴史

2026_04/15

駿府の発展と家康公。私たちが受け継ぐ「ものづくり」のDNA

徳川家康公が晩年(1607年〜1616年)を駿府(現在の静岡市)で過ごしたことは、一般的に知られていると思います。

この地にとって単なる「隠居地」以上の大きな意味を持ち、都市としての骨格と文化の基礎を築く決定的な要因となったということは、静岡市で生まれ育った人たちは、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

私が住む市ということもあり調べてみました。

家康公が駿府で展開した「大御所政治」により、駿河は次のような形で発展した。

1、「駿府城」を中心とした巨大な城下町の整備

家康公は、駿府城を当時の最新技術を駆使して大改修すると共に、以下の大規模な都市計画が実行された。

駿府城を中心に、整然とした碁盤の目の街路が整備された結果、現代の静岡市の中心街にも、当時の町割りの名残が色濃く残った。

駿府の最大の弱点であった安倍川の氾濫を防ぐため、大規模な堤防工事(家康堤)が行われたことで、氾濫原であった場所が安心して住める市街地となり、経済活動の安定に直結した。

2、全国から職人と文化の流入

「大御所」となった家康公のもとには、全国から腕利きの職人、商人、文化人が集結した。

駿府城の改修や城下町の建設のために、日本全国から優秀な工匠(建築家、石工、大工など)が呼び寄せられた。

彼らが定住したことで、静岡の地には高度なモノづくりの基盤(現在の静岡が誇る木工、漆器、模型、ひな人形などのルーツ)が形成された。

また、茶の湯や能、学問などの上質な文化が持ち込まれ、駿府は江戸に次ぐ「東の都」のような華やぎを見せた。

3、経済と流通の要所としての発展

駿府は東海道の重要な拠点として、参勤交代や物流の要衝としてさらに発展した。

江戸(将軍・徳川秀忠)と駿府(大御所・徳川家康)の「二元政治」が行われたため、全国各地からの情報、献上品、富が駿府に集まり、極めて経済力の高い都市となった。

4、「静岡」らしさの形成

家康公が亡くなった後、駿府は徳川家代々の尊崇を受け、家康公を祀る「久能山東照宮」をはじめとする神聖な場所として守られた。

この「家康公と縁の深い街」という誇りが、明治時代以降の静岡の発展や、現代の歴史観光の核となることに繋がった。

「なるほどねぇ!」

先人が残してくれたこの豊かな文化と技の伝統。

歴史ある地で仕事ができる喜びを噛み締めながら、私たちも次世代へ何かを繋いでいけるよう、今日という一日を大切に積み重ねていきたいと思います。

写真:静岡駅北口にある徳川家康像

2026_03/02

徳川家康公の原点は静岡市にあり!

静岡駅北口に歴史を感じさせる二つの像が立っています。

戦国大名・今川義元公と、若き日の徳川家康公(竹千代)です。

家康は、幼少期の約13年と晩年の約9年の22年間を駿府で過ごしており、73歳の生涯のうち22年間を駿府で過ごしました。

特に8歳から19歳までの多感な青春期を人質として過ごしたのが室町幕府時代の今川義元の元でした。

「人質」と聞くと、暗く辛い生活を想像しがちですが、当時の駿府は「東国の都」と称されるほど文化と教育が盛んな場所。

義元公は、竹千代を単なる捕虜としてではなく、将来ある一国の主として扱い、超一流の教育を授けました。

軍師・太原雪斎(たいげんせっさい)から学んだ政治や兵法、そして駿府で触れた高い文化水準。

この地で培われた深い教養と忍耐強さこそが、後に260年も続く平和な江戸幕府を開く礎となりました。

今川家がこの地で大切に育んだ文化や治水、町割りの知恵は、家康公へと引き継がれ、今の静岡市の街並みの原型となったのではないでしょうか?

今川義元公が愛し、家康公が礎を築いたのが我が静岡市です。

写真:静岡駅前にある今川義元公と竹千代像。奥側に晩年の徳川家康像が設置されています。

2025_11/23

能の歴史は1300年、歌舞伎は400年!

能や歌舞伎の名前はよく耳にしますが、その歴史について深く考えたことはありませんでした。

調べてみると、能は今から約1300年前に中国から日本へ伝わり、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった天下人たちに愛され、武家の教養として発展してきた伝統芸能だそうです。

おそらく当時は、身分の高い人しか観られない格式の高い芸能だったのでしょう。

それに対して歌舞伎は1603年に始まり、庶民が楽しむために広まっていったもの。

歴史の長さで見ると、能のほうが圧倒的に古い伝統を持っています。

東京2020オリンピックの開会式・閉会式で、歌舞伎役者ではなく能楽師の野村萬斎さんがクリエイティブメンバーに選ばれた理由にも、改めて納得がいきました。

能と歌舞伎

2025_06/17

高知県(土佐藩)出身の偉人!

昨日の坂本龍馬繋がりですが、高知県(土佐藩)出身の偉人を3つのAiに聞いてみました。

3つ揃うのかなと思ったのですが、3人だけが揃いました。

1、坂本龍馬(さかもと りょうま)
幕末の志士。薩長同盟の成立や大政奉還に尽力し、日本の近代化に大きな影響を与えた。

2、中岡慎太郎(なかおか しんたろう)
幕末の志士。陸援隊を組織し、坂本龍馬とともに維新運動を推進した。

3、板垣退助(いたがき たいすけ)
明治時代の政治家。自由民権運動の指導者で、「自由は死せず」の言葉で知られる。

以下は2つのAiがリストアップした偉人。

4、岩崎弥太郎(いわさき やたろう)
三菱財閥の創始者。日本の近代産業発展に大きく貢献した実業家。

5、中浜万次郎(なかはま まんじろう/ジョン万次郎)
漂流後アメリカで学び、帰国後は通訳や教育者として活躍。日米交流の先駆者。

6、武市半平太(たけち はんぺいた)
土佐勤王党のリーダー。土佐藩内での改革と尊皇活動を展開

7、後藤象二郎(ごとう しょうじろう)
明治政府の要職を歴任し、版籍奉還や廃藩置県にも関与

8、牧野富太郎(まきの とみたろう)
植物学者。「日本植物学の父」と称され、多くの新種を発見・命名した。

そして、もう一人。日本人だったら知らない人はいません。

9、やなせたかし
「あんぱんまん」の作者。戦後の児童文化に大きな影響を与えた。

写真:高知県HPより 坂本龍馬が愛したといわれる高知市桂浜

高知市 桂浜

      2025_06/16

      坂本龍馬は脱藩したにも関わらず、なぜ処罰されなかったのでしょうか?

      Aiに脱藩のことを尋ねてみた。

      「武士が自分の仕える藩を無断で抜け出し、藩籍を離れること」

      当時、藩の許可なしに出国(江戸などへの移動)や他藩への仕官は禁止されており、今でいう「脱走兵」「亡命」「出奔(しゅっぽん)」などに近く、処罰例としては死罪、切腹、家族連座、士籍剥奪(武士の身分を失う)などがあったという。

      「坂本龍馬が土佐を脱藩したことはあまりに有名ですが、なぜ処罰されなかったのか?」という疑問が頭をよぎりました。

      Aiに質問したところ「なるほど・・・」という回答で納得。

      ・龍馬は1862年に脱藩(土佐藩から無断離脱)
      ・同年、長崎・江戸・京都で活動開始し、「海援隊」結成
      ・土佐藩内の改革派(後藤象二郎)が彼を高く評価し、事実上の脱藩赦免を通達
      ・最終的には「土佐藩士」として正式に復籍もしている(1867年)

      坂本龍馬が処罰されなかった主な理由

      ① 政治的に重要な人材となったため              
      脱藩後、倒幕・開国のために奔走し、薩長同盟の仲介など国政レベルの活動を展開。幕末の動乱期において、「国家のために働く志士」として見逃される空気があった。

      ② 土佐藩が後に事実上「許した」ため          
      龍馬は最初は脱藩者として追われる立場でしたが、後に土佐藩内の開明派(後藤象二郎ら)が彼の存在価値を認め、事実上の赦免・支援を行うようになった。

      ③ 時代の変化(幕末の混乱)          
      幕末は「倒幕」「尊王」「開国」「佐幕」などが入り乱れた時代。旧来の藩制度やルールが揺らいでおり、脱藩そのものの意味が薄れていった時期でもある。

      ④ 土佐藩にとってもメリットがあった          
      龍馬の働きが、土佐藩の名誉・影響力を高めた(例:薩長同盟や大政奉還構想など)。そのため、あえて処罰せず、むしろ協力関係を築いた。

      2021_10/14

      「方便」ってどんな意味?

      毎朝、動画サイトを視聴しながらパソコンに向かっています。

      ある人の「嘘も方便」というタイトルの話しでしたが「嘘も方便」と聞くとなんとなく意味がわかりますが、「方便って何?」とあらためて聞かれると答えられない。

      「方便とは」・・・・・
      1、仏語。人を真実の教えに導くため、仮にとる便宜的な手段。
      2 、ある目的を達するための便宜上の手段。
      3 、都合のよいさま。
      ・・・・・・・・・・・

      なるほど・・・・。

      ある日の空模様

      2020_07/05

      今さらながら歴史がおもしろい!

      毎日曜日の6時に放送されるNHK・BSプレミアム「大河ドラマアンコール」を食入る様にみています。

      前作は「徳川3代」、本年4月からは「太平記」で100年続いた鎌倉幕府に兵を挙げて室町幕府を開いた足利尊氏の生涯を描くドラマ。

      内容が面白く、なんとかの乱とか武士の名前が出てくると、ネット検索して調べると深堀ができる。

      鎌倉幕府を創始したのが源頼朝で2代目以降は北條氏が執権をつかさどったとか。誰でもその名前を知っている楠木正成が討幕に一役買ったとか、歴史の事が全く頭に入っていない私にとって、新鮮な事ばかりです(笑)

      NHK・BSプレミアム 大河ドラマアンコール「太平記」