地獄の13日間訓練、入社した年の12月に受講しました。
溶射屋の基礎となっている研修の一つです。
自宅から当時の感想文集が出てきました^^; ・・・・・20km夜間行進は私にとって、苦しい訓練でした。 普通は二人で歩くのですが人数の関係で一人で歩いたのです。 第一チェックポイントまでは順調だったのですが、その後道に迷ってしまい、真っ暗な山道に入り込んでしまったことです。 今、自分がどこを歩いているかも分からず、また暗さからくる恐怖がつきまうと同時に、誰かが後ろに居るような気がしてならず、何回と後ろを見たことか。 しかし、不安や恐怖がつきまといながらも、私は後ろへ戻ることはしたく有りませんでした。 「何とかここから第二チェックポイントへ行ける道はないか」と考えたものです。 そして北はどちらかと、見上げた木と木の間から見えた夜空に見えた2つ、3つの流れ星は一生私の目の中に焼き付いていることでしょう。 普段の私だったらとうてい夜の山道など入る事が出来なかったですが、「やればできる」のです。 もう30年前に受けた研修ですが、この20キロ夜間行進で見た流れ星は未だに覚えています(^^) この夜間行進は真冬の深夜の富士市芝川町で行われましたが、持っていった水筒の水が凍って飲めないくらいの寒さ。 この13日間訓練では2人で20キロの夜間行進と、班員10数名の40キロ夜間行進があります。 今から思えば、楽しいい思い出(^^) みなさん、ハードな訓練って参加したことありますか? |
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第59期 第9班 2列目の真ん中にいるのが溶射屋・・・・学生時代から入社1〜2年目までひげ面でした(^_^;) | ||
ちなみに現在は管理者養成基礎コースと名前が変更になり、受講料も323,400円に変更。 現在のスケジュールをみると5時半起床となっていましたが、僕が参加した当時は4時半起床でした^^; 下記の「ああ夜間行進」の歌詞をみると、あの苦しかった夜間行進を今で思い出します・・・・メロディも勿論忘れていません(^^) 「ああ、夜間行進」 あてにならない地図わたされて、 行くぞ地獄の二人連れ 夕闇迫る林の中に 探しあぐねて佇めば 山桜の花がやさしい ああ二十キロ夜間行進 暗い電灯ほのかに照らす しょぼふる雨の山の道 汗にまみれて血豆をつぶし とぼとぼ戻る分かれ道 蛍舞う闇をかき分け ああ二十キロ夜間行進 便りにならない足踏みしめて 行くぞ地獄の十余人 空の水筒カチカチ鳴って 動けぬ友の肩を負う すすき野は風に吹かれて ああ四十キロ夜間行進 凍える体に足引きずって さまよい歩く獣道 愚かなことだと身を投げ出せば 動けぬ友が手を伸ばす 星空に白く立つ富士 ああ四十キロ夜間行進 |
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「村田ボーリング技研」
2011_08/05
地獄の13日間訓練
2011_07/27
新卒社員の育て方
2011_07/24
入社後が懐かしい!!
僕は、卒業後に直ぐに村田ボーリング技研・名古屋工場・製造部に配属。 当時は、作れば売れて、イケイケドンドン、バブル絶頂期に向けて一直線の高度成長時代でした。 当時、非常に厳しい上司がいて・・・・・今でも元気で活躍中です(^_^)・・・・・「お前は社長の息子だから1年間は残業代を付けない!」 でもそれは当たり前と思っていました(^^) 当時は黙っていても仕事がじゃんじゃん入ってきて、定時が21時〜22時ごろ。 徹夜の仕事も何回も経験。 入社当時は事務員がいなかったので、機械(円筒研削盤)を操作していても電話がなると、機械を止め、事務所まで走っていって電話応対! それと、今でもそうかも知れませんが、愛知県の夏は半端無く暑いし、冬はむっちゃ寒い!! 夏はTシャツに作業ズボン姿、冬はあまりに寒いので、朝出勤して機械のハンドルを掴むと凍っているので手が張り付いてしまうことが数々、 スポットヒーターの前から離れる事ができないので、ヒーターを真後ろにおいての作業だったです(^_^;) 正直、愛知県は、住むところではない」と思いましたが、2年目からは慣れましたね!(^^) そうそう、そんな中、営業が静岡本社(距離片道160km 、2時間半)に持っていかなかればならない仕事は「僕が行くよ」と買って出て、 夜の10時に出発、 静岡本社着が12時半、 荷降ろし、積込みが1時間半、 会社の近くのどさんこラーメンに2時位に入り、味噌ラーメンの大盛りを注文! 名古屋工場着5時頃・・・、 車の中で仮休眠して8時から仕事開始! そんなことを当たり前にやっていました\(^o^)/ そんな、環境の中でしたが、今から思うと本当に楽しかった時代、今よりも生き生きしていて、元気もあったと思います^^; |
溶射屋・・・多分25歳〜27歳頃かなぁ・・今から29〜27年前です^^; 当時は製造担当ではありましたが、営業に代わって納品・引取も兼務! 懐かしいなぁ・・この時代はとにかく納期を間に合わすことだけに集中していました(^^) |
2011_07/22
誤解が解ければいいのですが・・・
僕が23年前営業担当しているときに、当時の上司からある会社の品物の引取と納品を頼まれて往復500kmの道のりを何回か行き来したことがあります。 その時はテスト的にやってみようということだったのですが、結果的には本採用にならず、そのお客様とはご縁が有りませんでした。 先週、23年ぶりに弊社営業がその会社の現在の担当と思われる方に電話を掛けたところ、 「村田ボーリング???・・そういえば10年前に見積もりを出そうと思って見積依頼したことがあるけど、物凄いく対応が悪いし、誠意が無かった・・・二度と電話してこないでくれ!」と言われましたとの報告がありました。 調べてみたら、僕が訪問していた23年以後には訪問していないことが判明、誤解を溶いていただくために、A4用紙1枚半に気持ちを込めて肉筆で手紙を書かせていただきました。 昨日郵送しましたが、「たぶん別な会社と村田ボーリング技研を間違えている」ということが、ご理解いただければ嬉しい限りです。 どうか気持ちが伝わって誤解が溶けますように・・・・・。 |
A4 1枚半の直筆の手紙と名刺とツキを呼ぶ魔法の言葉を同封 |
2011_07/19
五日市剛氏講演会
7月16日(土)第10回 村田ボーリング技研・社員勉強会を開催。 5年前の一般向けの講演会を入れると今回で11回目で、 講師の「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の五日市剛さんは連続6回目の登場! 五日市さんの話しは非常に分かり易く、「ス〜」と心のなかに染み渡ってきます。 引き出しが多く、次も、次もとお願いしているうちに6年連続となりました(^_^) 話し方も上手なので集中して聞いているので、「えっ!!もう、こんな時間が経っちゃったの?」となることが多いです。 主催者側としては、五日市剛さんのお話しで色んな気づきを得ていただいて、ツキを手繰り寄せることができたならばこんなに嬉しいことは有りません。 ブログでお世話になっている皆さま、遠いところをお越し頂き誠に有りがとうございます。 富士山が見えなかったのと、15%ぐらいの方がせっかくチケットを購入していただいたにも係わらずお見えにならなかったことが誠に残念です。 次回は2012年1月7日(土)に伝説のメンター・福島正伸さんをお呼びします。 会場にK高校バトミントン部の部員、30数名を引き連れてきた監督から30名の予約申し込みを頂きました(^^) |
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グランシップ 会議ホール「風」 収容人員500名 | ||
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「マジックの師匠から教わったのを紹介します」と言われて一斉で真似をしているところ(^^) | ||
講演会終了後、弊社・会長夫妻と一緒に撮影 | ||
夜、五日市さんを囲んで幹部社員と会食・・・気がついたら3時間が経過していました^^; | ||
2011_07/10
汎用旋盤
汎用旋盤、金属、非金属類を切削加工する為の機械。 汎用旋盤は社員の手で、自由自在にハンドルを操作して精密に加工できる機械です。 自分達の腕がそのまま製品に反映されるのが、楽しみでもあります(^^) この機械は溶射加工と言う表面処理をする素材の前加工をしたり後加工で使用する場合が多い。 |
汎用旋盤・・・刃物台からチャックを見る |
ベッド・・・油が塗られている状態! |
ハンドルノブ |
一目盛が0.025mm・・・・一目盛動かすと、直径で0.05mm削れる。 ちなみに研削盤は目盛の精度が一桁違います。 |
2011_07/07
フォークリフト
工場にあるフォークリフトを撮影してみました。 今日は簡単に・・・(^_^;) |
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フォークリフトの爪を上下するレバー(左)と斜めに傾斜させるレバー(右) |
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上のレバーを横から撮影 |
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前進・後退(左) 1速・2速(右) |
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小松フォークリフトヽ(^。^)ノ |
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