社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

徒然

2026_05/06

汽笛が鳴り、動輪が回る。没頭する時間の豊かさを教えてくれたC62!

2007年から2008年にかけて販売されていた、週刊ディアゴスティーニ製「蒸気機関車C62」(全100巻)

昨年末に、全巻を販売している方がいたので発注しました。

1月中旬から作り始めて組み立てていましたがほぼ完成しました。

全長:約950mm・全幅:約112mm・全高:約162mm・完成重量:約11.4kg

指先に全神経を集中させてパーツを組み上げる時間は、私にとって至福のひとときでした。

何かに深く没頭していると、1時間という時間は驚くほどあっという間に過ぎ去ってしまいます。

このモデルの素晴らしいところは、単なる置物ではないという点です。 

スイッチを入れると、蒸気の排出音とともに3つの大きな動輪が力強く回転を始めます。

さらに、「ボーッ!」という魂を揺さぶるような汽笛の音。

複雑な機構が絡み合い、命が吹き込まれたかのように動輪が回る姿には、理屈抜きで感動してしまいます。

やはり、蒸気機関車には「男のロマン」が詰まっていますね。

アナログ機械大好きな私にとって心を揺さぶられます。 

今回、この制作のために一通りの道具も揃えました。

一つの大きなプロジェクトを終えた達成感とともに、少し寂しさも感じていますが、道具たちが「次は何を組み立てるんだ?」と語りかけてきているような気もします。(笑)

次はどんな「形」に挑戦しようか・・・。

しばらくは、この黄金のC62を眺めながら、ゆっくりと考えてみたいと思います。

皆さんは、時間を忘れて没頭できるもの、持っていますか?

2026_05/05

千両箱の重さ20kg! 江戸時代の泥棒は「超人」だった?

時代劇を見ていると、ネズミ小僧のような泥棒が千両箱を肩に担ぎ、屋根伝いに軽々と逃げ去るシーンを目にしたりします。

「あんなに重そうな箱を、よくあんなに速く運べるものだ」と感心して見ていましたが、ふと気になって調べてみました。

江戸時代の千両箱の重さは、中に入っている小判の種類(発行された時期)によって大きく異なりますが、一般的には約15kg20kgほどあったと言われていると。

江戸初期(慶長小判など)
小判1枚が約17.8gあり、千両分(1,000枚)に箱自体の重さを加えると、合計で約20kg近くあったといわれています。

また、江戸中期〜後期(天保小判など)では、
金の含有量やサイズが調整され、千両で約10kg15kg程度。

江戸末期(万延小判)では、
小判が非常に小型化されたため、千両でも約4kg程度まで軽くなった。

箱だけの重さを調べたら、頑丈にできているので3kgはあったそうです。

多くの時代劇の舞台となる江戸中期の設定であれば、千両箱はおよそ15kg前後の重さがあるので、10kgのお米の袋よりもさらに重い塊を箱に入れて運ぶようなもの。

足場の悪い屋根の上を、20kg近い重量物を担いで疾走するのは物理的に非常に困難であり、当時の泥棒がもし本当にそれを行っていたとしたら、かなりの超人的な筋力の持ち主だったと言えるでしょう。

現代の感覚で言えば、「20kg近いダンベルを肩に乗せて、忍者のように跳ね回るようなもの。

昔の泥棒は体を鍛えていたのかもしれません(笑)

画像:Ai生成

 

2026_05/04

「知らないうちにヤフー系の有料会員になっていました!」

定期的に送られてくるクレジットカードの使用明細。

 私は、いつもは中身を見ることもせず、そのままファイルに綴じてしまうのが習慣になっていました。

先日、たまたま明細を確認してみたところ、見慣れない項目がありました。

Yahoo! JAPAN508円」

 一瞬、「Yahoo! JAPANで何か買ったかな?」と考えましたが、身に覚えがありません。

気になって詳しく調べてみたところ、その正体は「LYPプレミアム会員費」ということが判明。

LYPプレミアムって何?」

LINEYahoo! JAPANPayPay3つのサービスを連携させ、それぞれのサービスでお得な特典や限定機能が利用できるという月額制のサービス。

それぞれの頭文字をとって「LYP」となっているのでしょう。

正直なところ、いつ、どのタイミングで自分が会員登録をしたのか、全く記憶にありませんが、おそらく、他のサービスを利用する過程などで、知らないうちに登録のボタンを押してしまっていたのだと思います。

月額508円を年間換算すると、6,096円(508×12か月)。

頻繁にこれらのサービスを使い、年間で6,000円以上の恩恵を受けている方なら良いのですが、私の場合は完全に「支払い損」になっているのは間違いありません。

さっそく解約の手続きを始めましたが、お分かりのように直ぐには見つかりませんでしたが、何とか解約。

今回の件で、改めて「明細を確認することの大切さ」を痛感しました。

 

2026_05/01

「海賊」と呼ばれた男の遺産:出光丸のホルムズ海峡通過

一昨日から、日本人として、感動的なニュースが報道されています。

出光興産系の原油タンカー「出光丸(IDEMITSU MARU)」が、緊迫するホルムズ海峡を無事に通過したという知らせ。

なぜ、これほどの緊張下で円滑な通過が可能だったのか。

その背景には、今から73年前の歴史的な出来事「日章丸事件」が深く関わっていると。

駐日イラン大使館は公式SNS(X)にて、この事件を引き合いに出し「この遺産は今なお大きな意義を有している」と投稿しました。

「日章丸事件とは!

1951年、イラン政府は石油の国有化を宣言!

これに猛反発したのが、当時イラン石油を独占的に支配していたイギリス。

海軍力を動員して海上を封鎖し、イランの石油輸出を完全に阻止しようとした。

そんな中、1953年に西側諸国の反対を押し切り、秘密裏にタンカーを派遣したのが「海賊」と呼ばれた男「出光佐三」が社長を務める出光興産でした。

これが「日章丸事件」

日章丸は英国の厳重な監視網を突破し、イラン産石油の運搬に見事成功。

戦後復興のために安価なエネルギーを切望していた日本と、石油の販路を必要としていたイラン。

両者の利害が一致して成し遂げられたこの快挙は、イランの人々の心に「日本は窮地を救ってくれた友だ」という記憶を刻みました。

一部には、「日本とイランの『特殊な関係』を強調することで、米国を中心とした包囲網に揺さぶりをかけ、日米の間に亀裂を生じさせようとする外交的な意図も透けて見える」と解説する人もいます。

・・・が、どのような背景があろうとも、70年以上前に先人が築いた「覚悟」と「誠実さ」という名の遺産が、現代を生きる私たちのエネルギー供給、そして航路の安全を守るひとつの鍵となっている事実に変わりはありません。

ビジネス、そして国と国との信頼関係は、一朝一夕に築けるものではありません。

困難な局面においてこそ真価を発揮する「信頼の蓄積」の大切さを、改めて深く教えられたニュースでした。

私たちも、次の世代に誇れるような誠実な仕事を積み上げていきたいものです。

写真:「二重丸(◎)の赤い三角印が出光丸の現在地」。

現在、オマーン湾を速度26.5km(14.3ノット)で航行中。
次の寄港地に5月18日到着(マリン・トラフィックより)

2026_04/30

父が生前残した言葉!

亡くなった父が、生前よく口にしていた言葉があります。

「製造業が身の丈以上の事務所を作ると、その年がピークになる」

若い頃の私は、「そんなことはないだろう」と思っていました。

立派な事務所は会社の成長の証であり、社員の誇りにもなる。

むしろ良いことではないかと。

しかし、年齢を重ね、さまざまな会社の栄枯盛衰を見てきた今、この言葉の重みを実感しています。

まず、事務所を新築するタイミングは、多くの場合「業績が良いとき」

受注が増え、利益が出て、「この先もいける」と感じるからこそ大きな投資に踏み切る。

しかし、景気や受注環境は必ず変化するもの。

完成した頃がちょうどピークで、その後は徐々に下降線に入る・・・、そんなケースを何度も見てきました。

さらに、立派な建物は固定費が増加する。

減価償却費や維持費、固定資産税など、売上に関係なく毎年発生するコスト。

好調時には気にならなかった負担が、環境が変わった瞬間に重くのしかかる。

そして見逃せないのが「心理」の変化。

立派な事務所が完成すると、どこか満たされた気持ちになるもの。

「ここまで来た」という達成感が、知らず知らずのうちに危機感を薄れさせる。

攻める姿勢よりも守る姿勢に傾き、挑戦や改善のスピードが鈍ってしまうこともあるのではないでしょうか。

製造業の本質は、建物の立派さではなく、人と技術にあることは間違いありません。

社員一人ひとりの成長、協力会社との信頼関係、お客様への価値提供。

その積み重ねこそが、会社の持続的な発展を支えるもの。

父の言葉は、決して「事務所を建てるな」という意味ではなく、「外側に目を奪われるな」という戒めだったのだと思います。

どんな時も、身の丈を見失わず、中身を磨き続けること。

それが、長く続く会社の条件なのだと、今は素直に受け止めています。

画像:生成Ai画像

2026_04/27

「水は買うもの」はいつから日本の常識になったのか?

普段、何気なく飲んでいるミネラルウォーター。

私が高校生だった50年前は、水といえば水道水が当たり前の時代。

「外国では、お金を出して水を買う」ということが信じられませんでした。

では、「日本ではいつから、水は買うものになったのでしょうか?」

気になって調べてみたところ、日本ミネラルウォーター協会の資料にその歴史が詳しく掲載されていました。

資料によると、ミネラルウォーターの消費が急増した大きなきっかけは、1993年(平成5年)の日本経済新聞の記事だったそうです。

そこには「エビアンのミニボトルを革製ホルダーに入れて持ち歩く若者のファッション」が紹介されており、これを境に500mlペットボトルの消費が一気に増えたといいます。

今から30年以上前、流行に伴って「水を買う」ことを当たり前に受け入れ始められたのですね・・・。

日本のミネラルウォーターの歩み

1868年:横浜・神戸の居住地の外人用として販売開始
1929年: メジャーホテル用に「富士ミネラルウォーター」販売開始
1967年:  ウィスキー水割り用(業務用)販売開始(第1次・水の時代)
1972年:  日本ミネラルウォーター協会設立
1982年:  家庭用ミネラルウォーター登場(第2次・水の時代/PETボトル登場)
1983年: 「六甲のおいしい水」の瓶詰・販売開始
1989年: 「山崎の天然水」「南アルプスの天然水」販売開始
1993年: エビアンのミニボトルファッションが流行し、PETボトル消費が増加
2001年: 国内生産数量 100KL突破
2008年: 200KL
2015年:  300KL
2019年:  369KL
2025年:  486万KL

写真:Ai画像(村田光生似の人物・笑)

 

2026_04/04

「なぜ今、日本に外国人旅行者が押し寄せるのでしょうか?」

東海道新幹線に乗る機会がありますが、外国人旅行者を見かけない日はありません。

東京駅や京都駅などは外国人であふれかえっています。

なぜ、これほどまでに世界の人々は「日本に行きたい」と思うのでしょうか。

Aiに聞いてみました。

まず、日本は世界的に見ても治安が良く、街が清潔で安心して過ごせる国。

さらに、神社仏閣や和食、温泉、四季折々の風景など、日本ならではの文化や体験が豊富。

加えて、円安の影響により「質が高いのに比較的安い国」としての魅力も高まっている。

そしてSNSを通じて日本の魅力が世界中に広がり、「一度行ってみたい国」から「今すぐ行きたい国」へと変化している。

そこに日本人の丁寧なおもてなしが加わり、「また来たい」と思わせる力になっている。

これらが重なり、日本は今、世界中から選ばれる国になっている。

なるほどねぇ!

写真:生成画像