社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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「村田ボーリング技研」

2015_04/22

社長業15年目となりました

父から社長交代したのが2000年、気がつけばあっという間に15年間が経過。

バブルがはじけ、右肩下がりの経済の中で世代交代している人たちが数多くいます。

皆さん本当に苦労しながら、経営されれているのではないでしょうか?

バブル時代にも黒字企業が3割しかいないと言われていましたが、この大変な時代でも、やっぱり3割の企業が黒字だそうです?

超大手企業が赤字になる厳しい時代ですが、なんとしても「生き残れる体質にしていく」のが私の使命だと思っています。

日の出

日の出

2015_04/20

厳しい時代に備えることが大事

4月17日の総務省発表の「人口推計」によると、

平成26年度の日本人の人口は1億2543万1千人で、前年比に比べ27万3千人(0.22%)の減。

外国人を含む総人口では8年連続のマイナスで、ピーク時から251万人が減少しているそうです。

坂本光司先生が「現状維持できる出生数は2.07人」と言っていましたが現在は1.43人。

ちなみに2.0人を割り込んだのが1975年なので40年を掛けてじわじわと下がっているのが現状。

「出生数はV字回復はしない」といわれているので、更に人口が減少するのは間違いありません。

国立社会保障・人口問題研究所によると、平成72年(2060年)の人口は8,674万人と、現在の人口から3,900万人も減少するという。

市場の縮小、高齢化社会、生産人口の減少による人手不足になることは間違いありません。

そういう社会であっても、キチンと結果を出し、生きこ残れる体質にしていくことこそが非常に重要なことだと思っています。

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創業時の村田ボーリング技研、創業時は「村田鉄工所」と言う社名で、私は工場の2階に住んでいました。

2015_04/14

生き残れる体質にする必要があります

以前、取引があった会社が破産したということが情報誌に掲載されていました。

アベノミクス効果があるのは一部の大手企業ばかりです。

中小企業は生き残ることが精一杯の状態なのに、「大企業は過去最高のベースアップ」って、いったいどこの国の話なのでしょうか?

とは思いつつ、そんな時代であっても、キチンと右肩上がりの結果がでる経営をしていかねばと思うばかり。

弊社も100年、200年と歴史を刻む企業にしたいと思っています。

写真は、ワイヤー状のステンレス鋼を瞬間的に溶かし、高速圧縮エアで吹き飛ばして(射る)積層させるという表面処理で、ガスフレーム溶射といいます。

ガスフレーム溶射

ガスフレーム溶射・・溶けた溶滴が花火のように見えています

2015_04/01

給料日!

給料明細支給日は毎月末日!

昨年までは支給日に出張した際など、責任者に代理で渡してもらっていました。

「良い会社にしたいと思っている人間が、それではいけない」と反省。

「えっ!気が付くのが遅いじゃぁないかって・・・・・??」

今年はよっぽどの用事がない限り、給料日と賞与支給日は自ら「ごくろう様でした」と、気持ちをこめて渡そうと思っています。

「社員の皆さま、本当にご苦労様でした」

給料日

給料日・・・毎回ニューモラルという小冊子と一緒に渡しています

2015_03/31

健康が一番です

健康優良者でした。

弊社が加入しているS健康保険組合さんから記念品(クオカード)を頂きました。

昨年1年間、保険診療を受けなかった人が対象で、妻も次女も対象だったです。

弊社の中で1/10位の確率かな?

何はともあれ体が資本ですから健康が一番ですね。

 

健康者対象記念品健康優良者
 

2015_03/27

5S発表会

一昨日、仕事がなにかと忙しい中、5Sメンバーの成果発表会を開催、

今回は私、社長に向けての報告会です。

15時から始まり、1時間程度で終了するのかと思っていたら、熱が入り、倍の2時間掛かりました。

どのチームもきちんと成果が出ており、「品質向上」、「コストダウン」、「環境美化」に対して、かなりの結果が。

みんな、忙しい中、本当にご苦労様〜!

発表終了後は近くのレストランで楽しい食事会でした。

5S発表会1.jpg5S発表会2.jpg

5S発表会
 

P1320084.jpg

会食会場での集合写真

2015_03/26

もうすぐ亡き祖父の歳になります!

「村田亀之助」は弊社の創業者であり、私の祖父でもあります。

1957年、私が生まれる3週間前、初孫が産まれることを楽しみにしていた中、オートバイ仲間と伊豆をツーリング中に凹みにハンドルを取られて転倒してこの世をさりました。

父からは、「おじいちゃんは、とてもひょうきんな性格な上に手先が器用。難しい仕事は亀之助さんに頼めば何でも解決してくれたりするから、回りからとっても慕われていたんだよ」と教えてもらっています。

お客さんが、軸に装着されている物が外れなくて困って祖父のところに持ってきたら、ハンマー一振り簡単に外して、「たたき代」を請求したとか、1級旋盤士・静岡県第1号だったとか。

孫としてはやっぱり祖父に会って色んな事を聞きたかったです。


そんな祖父が亡くなったのが58歳。

ふと、「5月の誕生日で、亡くなった祖父の歳になるんだなぁ・・・」ということに気が付きました。

今どきの58歳なんて、まだまだはなたれ小僧。

これからは、ますます健康に留意しながら精進していきたいと思っています。

 

村田亀之助

亡き祖父 村田亀之助 村田ボーリング技研創業者