数ヶ月前から毎月曜日の7時半から行っている事務所前の落ち葉拾い!
少しづつですが当たららしいメンバーが応援してくれるようになっています。
僅か5分〜10分程度ですが、掃除をすることで自分の心も磨かかれる。
先週は月曜日ではない日でしたが、落ち葉の量が多かったので掃除してくれました。
まだまだ始めたばかり、すこしずつ広がって行けたらいいなぁと思っています。
村田ボーリング技研HP
2015_12/09
最近の嬉しいこと!
2015_12/08
誕生日はご祖先に感謝する日でもあります!
11月の給料明細に下記内容の社長メッセージを同封しました。
来年度より誕生日月の方には供物としてお線香お渡しします。
我々がこの世に生まれてきたのはご祖先の皆さまがいたからこそ。
誕生日には、祖先の皆さまに感謝の意を表すことは大事なことだと思います。
お線香は、住まいの家に仏壇があるのなら、誕生日に祖先の皆さまに感謝することにお使い下さい。
仏壇が実家に有る方は、お線香をあげるために帰ることで親御さんや祖先の皆さまが喜ばれると思います。
もしくはお墓参りでお使いください。
お墓参り
2015_12/06
本社・忘年会
昨日は弊社本社工場の忘年会。
市内のホテルであったのですが、全員がもらえるビンゴ大会など楽しい時間を過ごしたのですっかりと写真を撮るのを忘れていました。
写真は、お開きとなり最後まで残っていたスタッフを中心とした人たちです。
スタッフの皆さま、本当にご苦労様でした。
最近はこういう場で、皆んなとコミニケーションを図ること、本当に大事だなぁとつくづく感じます。
あっ!そうそう、私は家庭用洗剤、妻はカレーセットをゲット。
ちなみに私がもらった洗剤は、同じテーブルに座っていた妻帯者のIさんにプレゼントしました。
村田ボーリング技研 本社工場忘年会
2015_12/05
遅まきながら・・・
弊社は、静岡市内に本社工場・愛知県と福島県に工場、そして神奈川県に営業所があります。
今まで全社員が集まる中で話しができるのが年1回の経営発表会だけでした。
遅まきながらですが、毎月配布する給料明細を使わない手はありません。
会社の進む方向や、今考えていることなど自分が思っていることが少しでも伝わればと思い、メッセージを入れるようにしました。
半年前から始めましたが、こういうことは持続継続することが大事ですね。
村田ボーリング技研・ホームページ
2015_12/04
中村文明氏・講演会「台湾から教わった日本人の心」
1,944年太平洋戦争末期、アメリカ軍は台湾各地に空襲を行った。
零戦が迎撃するも敵弾を受け尾翼より発火し急降下、部落に墜落するのを回避するも機体は爆破し、パイロットは戦死。
後年、自分の命を犠牲にして回避したということが判明したことで、1971年に祠が建設され、毎朝夕に煙草三本に点火し神像に捧げ、朝は「君が代」、午後は「海ゆかば」を流し続けているという。
その飛虎将軍の祠に神輿を寄贈した中村文明さんを弊社主催の講演会にお招きし、台湾から教わった日本人の心」をお話し戴く予定にしています。
中村文明さんは落語と同じ。その魅力ある話し方に引きこまれてしまうこと間違いありません。
きっと、あっという間の3時間だと思います。
中村文明氏 講演会
〜台湾から教わった日本人の心〜
日 時 2016年1月16日(土) 13時〜16時30分 (途中休憩20分)
会 場 静岡グランシップ 11階 会議ホール「風」
入場料 2,500円
主 催 村田ボーリング技研株式会社
ネットからのお申し込み
http://kokucheese.com/event/index/351411/
FAXによるお申し込み
http://goo.gl/HFtZNp
2015_12/03
有給休暇消化率UP計画
10月の給料日に下記メッセージを明細と一緒に配布しました。
昨年の有給消化率が55%と全国平均の45%を上回っていました。
本年度は更に消化率をUPすべく、アニバーサリ休暇を全員が1枚使うという計画を立てたのですが、ありがたいことに仕事が忙しくなり、45%にダウン。
そこで、来年度は下記のような計画実施を行い、消化率のUPを図っていきます。
・製造 全体有給休暇3日消化(従来よりプラス2日)+アニバーサリ休暇2日(プラス1日)=5日分の消化
・営業 全体有給休暇1日消化(従来通り)+アニバーサリ休暇2日=3日(プラス2日)=4日分の消化
目標消化率は70%ですが、生産を落とさずに、休みを多くするような知恵を皆んなで出し合って行きましょう。
村田ボーリング技研HP
2015_12/02
沖縄 対馬丸記念館
「数多くの戦争犠牲者があったからこそ今の平和がある」ということを学ぶ為に、数年を掛けて弊社の部課長と一緒に全国の戦跡地を視察する予定にしています。
昨年は知覧特攻平和記念館に行きましたが、今回は沖縄でした。
「対馬丸記念館」
昭和19年(1944)7月、サイパン島が玉砕したことにより、アメリカはB29爆撃機で日本のほぼ全土を空襲できるように。
政府は老・幼・婦女子10万人を県外へ疎開するよう指示。同時に軍需物資の輸送も同時に行う事となり、輸送船は一部を除いて往路は軍事輸送、復路は疎開輸送する任務についていた。
対馬丸は学童集団疎開の子どもたちをたくさん乗せ8月21日に那覇港を出講しましたが、1788名を乗せた対馬丸は翌22日夜10時過ぎに米潜水艦の魚雷攻撃により海に沈められ、乗船者の8割が亡くなった。
「先生助けて!」「お母さん、お父さん助けて!」
対馬丸撃沈されたことは事件については緘口令が敷かれ極秘扱いになった。
対馬丸撃沈から49日後の10月10日には米機動部隊飲む差別爆撃が始まり、朝7時から夕方までに五次にわたり、都市部を含み飛行場や湾港などの軍事施設が空襲されたそうです。
沖縄には何回か来ていますが今回、このようなことがあったことを初めて知りました。
文章を読んだだけでは伝わらないことも、現地現場に行き、その場の空気を感じることで、より大きい学びが得られます。
対馬丸記念館


