徳川家康公は晩年、静岡市に住んでいました。
その死後、家康公が神格化されたことで「久能山東照宮」が創建されましたが、なぜこれほどまでに神格化されたのか、気になって調べてみました。
家康公は死後、なぜ「東照大権現(とうしょうだいごんげん)」として祀られることになったのでしょうか?
最大の理由は、長く苦しい戦国時代を終わらせた功績にある。
当時の人々にとって家康公は、まさに救世主のような存在であり、
その圧倒的なカリスマ性が、死後も「平和の守護神」として崇められる大きな背景となった。
また、政治的な側面もあり、
徳川幕府が家康公を神として祀ることで、幕府の統治に宗教的な権威を与え、支配の正当性を高めるという狙いがあったと言われている。
宗教的には天台宗の思想が影響し、「神として現世に現れ、人々を救う」という権現信仰へと繋がっていった。
なるほど・・・。
写真:久能山東照宮


