徳川家康公は晩年、静岡市に住んでいました。
その死後、家康公が神格化されたことで「久能山東照宮」が創建されましたが、なぜこれほどまでに神格化されたのか、気になって調べてみました。
家康公は死後、なぜ「東照大権現(とうしょうだいごんげん)」として祀られることになったのでしょうか?
最大の理由は、長く苦しい戦国時代を終わらせた功績にある。
当時の人々にとって家康公は、まさに救世主のような存在であり、
その圧倒的なカリスマ性が、死後も「平和の守護神」として崇められる大きな背景となった。
また、政治的な側面もあり、
徳川幕府が家康公を神として祀ることで、幕府の統治に宗教的な権威を与え、支配の正当性を高めるという狙いがあったと言われている。
宗教的には天台宗の思想が影響し、「神として現世に現れ、人々を救う」という権現信仰へと繋がっていった。
なるほど・・・。
写真:久能山東照宮



コメント(5)
おはようございます。
確かに戦国の時代を終わらせた功績は大きいですね。
現在ならノーベル平和賞ですね。
今の世界に必要な人物ですね。
おはようございます。
お~、日光に負けず劣らず立派な建物ですね。
家康は、戦に強かっただけでなく、江戸幕府として
国としてのシステム作りにも優秀だったと思います。
江戸を都市として作り上げたのもすごかったですね。
ぽちっ
こんにちは。
きらびやかさは、権威を示すのに良いですね。
また久能山東照宮に行きたくなりました。
久能山・日光・上野と東照宮があり、
お参りでき人気度がよく分ります。
戦乱の世を戦いのない国に導いた功績は大きいです。
修学旅行で行ってるはずなのに、何ひとつ覚えてない。
三保の松原で集団での記念写真が残ってる。