社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2010.10.11

輝くお茶の葉

一か月前の9月初旬いつになく良い天候で太陽が輝いていた日♪

お茶畑にそそぐ光が素敵で同じ場所で何枚も撮影しました(^^)

ピンとが甘いのはご愛嬌と言うことで・・・・・(-_-)

 
山と空が綺麗

青空が綺麗で光が照り付けていると空も山も綺麗に撮影できます♪

 
沢山のゴースト&ボケ

色んな意見があるとは思いますがゴーストを入れるのが大好き!

 
輝くお茶の葉

お茶の葉が輝いています

 
色違いのゴースト

 景色がいまいちだけど、色んな色のゴーストが入ったから、まっいいか(^_^;)

 
ピンボケ撮影

 ピンボケ状態で撮影してみました(^_^;)

 
新芽?

 これも新芽と言うのかな?

 
ちょっと加工してみました

ちょっと単調だたので遊んでみました(^_^;)

 

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2010.10.10

おもしろい建物発見

静岡市内を運転中、信号待ちの際に面白い建物を発見!!

あのオレンジ色は塗って間もない様子、きっと塗った直後に手前にあった建物を壊したので壁に建物の断面図ができていました(^_^;)

もう1回塗り足す必要があるようです!!

 
壁にできた家の跡

壁にできた家のアート?

 

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2010.10.09

霞む静岡市内

7日の6時半ごろの静岡市内・・・会社に出勤する途中に山越えコースを選択しいつもの見晴台にあがったら静岡市内全体が霞んで幻想的な感じになっていました。

 
静岡市内

霞む静岡市内・・・正面の山が谷津山(やつやま・標高108m)、谷津山下の建物が静岡県庁、左の高い建物は防災センター、右奥の山が日本平・・・静岡駅は右側の方向です。

 
駿河湾と安倍川橋

輝く駿河湾・・手前の川は安倍川

 
 
白いコスモス

いつもの見晴台には数本のコスモスの花が開花していました。別な場所では沢山さいていたのでここは少し温度が違うか、種類がチアがうのかな?

 
ピンク色のコスモス

透けているのを撮るのが大好き(*^_^*)

 
白いコスモス

何故かコスモスの回りがこんな風になりました?

 

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2010.10.08

燃えるような夕焼け

9月の後半に静岡県島田市内に行く用事がありました。

ふと気が付くと空が燃えるようなオレンジ色に輝いているではありませんかヽ(^。^)ノ

最適な撮影場所に移動する時間もなく、手に持っていた Panasonic LUMIX DMC-LX2・・・・・・早く言えばコンデジ(^_^;) ・・・・・・・・で撮影。

数分後にはその輝きの勢いも無くなってしまいました・・・!

最高の輝きに出会えたことがラッキーですヽ(^。^)ノ

追伸・・・報告し忘れましたが、以前
FM.Hiで収録した内容は10月4日(月)のPM5時半〜6時に無事放送されました。

何とかまともなことを言っていたのでほっとしています(*^_^*)

 
夕焼け
夕焼け

島田市内の夕焼け

 

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2010.10.07

ある雨あがりの早朝

9月中旬の、とある雨あがりの早朝5時40分頃、ワンちゃんの散歩にでかけようとしたら朝焼けが綺麗だったので一眼レフを持ち出し自転車で5分程度の安倍川河川敷に向かいました。

 
オレンジ色の空

東の空がオレンジ色に・・・

 
空が綺麗

空が素敵

 
輝く空  

曇り空に輝く太陽

 
これは霞み?霧?

低い山に立ち込める霞み?霧?

 
コニー

コニー

 
クララ

クララ

 
いつの間にか雲が

いつの間にか東の空に雲が・・・・

 
とっても幻想的

とっても幻想的

 
富士山

富士山もくっきりと見えていました(^^)

 

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2010.10.06

ヨハネによる福音書

以前、「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の五日市剛さんから新約聖書のなかの「ヨハネによる福音書に参考になる言葉が書かれてありました・・・・」と教えてもらったことがあります。

「ヨハネによる福音書・第一章」

初めにことばがあった。

ことばは神と共にあった。

ことばは神であった。


このことばは初めに神と共にあった。

すべてのものは、これによってできた。

できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。


この言に命があった。

そしてこの命は人の光であった。

全ての初めにまずことばがあって神と共にあった・・・・と言うことはことばというのがいかに大事であるかを教えてくれるものだと思います。

ことば一つで相手をやる気、元気させることができるし、


ことば一つで相手のやる気、元気を失わせることもできる。

そう思うとことばを発するのって相当気を使わないといけないと思います。


目上の方にはことばを選んで言います。

気を付けたいのは同じ目線の同僚とか友人と格下と思っている部下や子供、奥さん・ご主人に対して話しかける言葉!

同僚や友人の場合、ついつい気軽に相手を傷つけていることってあるように思います。

最大に気を付けなければならないのは相手が格下と思っている親子間、上司と部下、夫婦間、先輩後輩の間柄の場合・・・、


どうしても上から目線で相手のことを考えないようなことば使いになるので、、知らない間に相手が傷ついていることって結構あるのではないでしょうか?

僕は「いつも相手の目線に合わせて話をしたいなぁ」と思っていますが中々そうならなないので反省の連続です(-_-

 
コスモス
コスモス
 

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2010.10.05

靖国神社 その2

靖國神社に正式参拝する機会がありました。

今回、久しぶりに靖国神社に行って分かったのは戦争で亡くなったのは人間ばかりではなく、100万頭に近い軍馬、数万頭の軍犬と誠実な伝令として戦場で活躍した伝書鳩の霊も慰めているということを知りました・・・。

 
参集殿

建物は参集殿・・・個人や団体で昇殿参拝(正式参拝)する方々のための受付、控え室があります。

 
戦没馬慰霊像

戦没馬慰霊像(せんぼつばいれいぞう)

戦歿馬慰霊像に思う・・・説明板より

馬ほど心の美しい動物はない。

明治初期から昭和20年8月15日の終戦に至るまで、幾多の戦役にかり出され百万頭近い馬が戦陣に斃(たお)れた。軍馬補充部で育成された軍馬や農家からの購買または徴発馬が、斥候(せっこう)、行軍(こうぐん)、戦闘のため戦場を駆巡る乗馬として、あるいはいかなる難路にも屈せず重い火砲を引く輓馬(ばんば)、軍需品を背負い搬送する駄馬(だば)として戦地に赴いた。

御国のために戦場を駆巡り、屍(しかばね)を野辺に晒(さら)したもの数知れず、終戦まで生き長らえても、再び懐かしい故国に還ったのは僅か1、2頭である。山紫水明の生まれ故郷を思い起こしたことであろう。それでも黙々として生を終えた・・・・・。

 
軍犬慰霊像

軍犬慰霊像・・・・兵士にとって最愛の仲間であったジャーマン・シェパード。

昭和6年(1931年)9月満州事変勅発以降、同20年8月大東亜戦争終結までの間、シェパード犬を主とする軍犬は我が将兵の忠実な戦友として第一線で活躍し、その大半はあるいは敵弾に斃れ、あるいは傷病に死し、終戦時生存していたものも遂に一頭すら故国に帰ることがなかった。
この軍犬の偉勲を永久に伝え、その忠魂を慰めるため有志相はかり広く浄財を募りこの像を建立した。平成4年3月20日

軍用犬は地雷原と思われる場所に行くと解き放たれ走り回るということもしていたそうです・・・。

あるHPによると民間で飼育されていた犬も徴兵され、数万頭が投入されたそうです。

 
遊就館

遊就館:靖國神社の鎮まります英霊のご遺書うあご遺品をはじめ、英霊のまごころやご事績を今に伝える貴重な史・資料を展示しています。

遊就は高潔な人物に交わり学ぶという意味で収蔵品は10万点に及ぶ・・・・・遊就館パンフレットより

 
零式艦上戦闘機

零式艦上戦闘機・・・・・ご存知、皇紀2600年・昭和15年に採用されたので零式と名付けられる。

この遊就館は残念ながら時間が無くて見学することが出来ませんでした。

何年か前に入場したことがありますが戦争の悲惨さを今に教えてくれるので靖國神社に行く機会があれば立ち寄ってみてください。

 

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