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日々の気づきを投稿中

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考え方

2017_01/09

無意識に出る言葉!

何かをしてもらった際に無意識に出る言葉。

「ありがとう!」という人もいれば「すみません!」と言う人もいる。

「すみません!」はお礼を言う時に使う言葉でもありますが、どちらかといえば謝罪や恐縮の気持ちを表す言葉のイメージが強いように思います。

「ありがとう!」は「有り難い」と書き、存在するのが難しいこと、めったにないことを意味し、元々は神を称える言葉として使われていたそうですが、感謝する意味で使われだしたのは江戸中期以降だそうです。

元は神仏に対して使われていた言葉が時を経て、人に対するお礼の言葉として使われるようになったのですから、「ありがとう!」は相手に言うのと同時に、神さまに向かっても感謝を伝える言葉でもあるのではないでしょうか?

「ありがとう!」を言わない手はないですね。

写真は今年の初日の出、新年に感謝・ありがとう〜!

初日の出
初日の出

2016_12/27

人はなりたいようにしかならない!

「人はなりたいようにしかならない」

ダイエットしようと思っても、成功するかしないかはその人次第。

本気で取り組む人は成功するだろし、本気になれない人はそれなりの結果にしかならない。

何ごとも、努力して目標を達成しようとするのか、何もしないというのも、それなりの結果にしかなりません。

ということは、ツイてる人生にするのか、そうでない人生を歩むのかは、結局のところ自分持ちなんでしょうね。

写真、会社の前にある徳願寺山を早朝散歩中に撮影!

幻想的な空模様
幻想的な空模様

2016_12/22

まだまだ精進が足りません!

相手が思い通りに動かないと思っている人ほど悩み多き人生となることは間違いなさそうです。

自分の回りには上司、同僚、部下、妻、夫、子ども、友人など、色んな人が関係してくる。

「相手を変えようとする人」は、変わらない事にイライラし、愚痴、不平、不満が多くなり周りにいる人に不愉快な思いをさせていることに気が付かない。

「自分が変わることで未来を変える」と思っている人は、まず自分が変わろうと努力する。

人が信頼を置くのは「まず自分が変わろう」と思う人であり、「他人を変えよう」と思っている人には、誰も近寄りません。

「じゃぁ自分はどうなの」と己を振り返えると、まだまだ精進が足りないことに気が付きます・・・・。

駿河大橋からみる富士山
駿河大橋(静岡市内)からみる富士山

2016_12/17

無意識に口に出す言葉!

人に、「こういう事ができないかなぁ」、「ああいうことができないかなぁ」と聞いている時などに、「できません」、「分かりません」と答える人は、相手に冷たい感じを与えると共に、後ろ向きな考えの人だなと思われがちです。

反対に、「こうしたらできると思います」、「この条件ならなんとか可能ではないでしょうか」と答える人は、相手に暖かい感じを与えるし、前向きな人だと思われます。

果たして自分ははどちらなのかと、振り返ることもたびたび!

無意識に発する言葉には気を付けたいものですね。

輝く葉

2016_12/10

全てが必然!

ツイていることもツイていないことも全てが必然!

良いことも、、嫌なことも全てが必然!

ビックリすること、がく然とすること、驚くことは全てが必然!

良いことは直ぐに受け入れられますが、反対の場合は自分の心に落とし込むのに時間が掛かります。

ツイていないこと、驚くことがあったら人間の器を広げる「チャンス!」ですね!

幻想的な空模様
幻想的な空模様

2016_12/08

習慣化するまで!

他人と話しをしていて「ずいぶんと愚痴を言うなぁ」という人もいれば「ほとんどいわない」人もいます。

自分が愚痴めいたことを口に出してしまっている時など、相手がそれに乗ってこない時などに「ハッ!」と気がつかされる。

愚痴めいた話しは自然と口に出ますが、かげ褒め言葉は中々出てこないのは何故なんでしょうね?

やはり、”意識する”ことが重要だということですが、意識することが数多くあるので、どれかを意識すると、どれかが抜ける自分がいます。

習慣化するまで意識することが大事ですね・・・。

写真は「光と影」

光と影
光と影

2016_12/01

「イエス」&「バット」

人と話をする際にどういう風に相づちをしているでしょうか?

相手の意見をまず否定することから入り自分の意見を言う場合は「バット&バット」法

「君の意見は違うと思う、それはこうだ、あれもこうだ」と、相手の意見をまず否定してから自分の意見をかぶせていくやり方。

それに対して相手の意見をまず肯定してから、相手の目線で自分の意見を言う場合が「イエス&バット」法

「それは素晴らしい考え方だと思うよ、でもこういう考え方もあるんじゃぁないかなぁ!」

・・・・さて、相手はどちらの言うことを素直に受け入れてくれるかは考えるまでもありません。

話し相手が年下とか部下や後輩の場合にはつい「バット&バット」になりがちです。

反対に目上の人には自然と「イエス&バット」になっているように思います。

誰に対しても常に「イエス&バット」法で対応しようと思ってはいるのですが、人間ができていないので、つい「バット&バット」法になってしまう私です。

幻想的な空模様