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溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2006.06.02

無事故事業所顕彰

溶射屋・無事故事業表彰.jpg

静岡県安全運転管理協会より

第二十回交通事故防止コンクール参加して期間中に無事故だったので表彰を受けました。

事故は被害者にも加害者にもなりたくないですね。無事故が一番です。

所で自転車も違反すると罰金を科せられるって知っていました?

 

ちなみに下記の通りです。

「知らないっておそろしいですよね」

並進走行 2万円以下の罰金または科料

二人乗り 2万円以下の罰金または科料

歩道通行 2万円以下の罰金または科料(自転車マークのあるところはOK)

信号無視 3ヶ月の懲役または5万円以下の罰金

一時不停止 3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金

片手運転 5万円以下の罰金

右側通行 3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金

無灯火 5万円以下の罰金

僕の手元の資料には「 酒気帯び 」運転 が書いてなかったけど当然あるでしょうね。

皆さん、安全運転に心がけましょう!

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2006.06.01

全国盲導犬施設連合会

全国盲導犬施設連合会.jpg

5月20日(土)に行われた五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」静岡講演での収益金の一部を「全国盲導犬施設連合会」に寄付させていただきました。

http://www.gd-rengokai.jp/(全国盲導犬施設連合会)

全国盲導犬施設連合会との係わり合いは弊社では点字名刺を奨励しているという繋がりです。

刷り上った100枚の名刺は下記の所で1000円で点字にしてくれます。

身体障害者通所授産施設「静岡市ワーク春日」

http://www.workkasuga.jp/

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2006.05.31

点字名刺

点字名刺 新聞記事.jpg

数ヶ月前に、ある業界の月刊誌の記者に当社で採用している「点字名刺」のことをお話ししました。

その方がある新聞に「点字名刺」のことを投稿したら「掲載されましたので」と報告をいただいたのでご紹介します。

「感謝・感謝」

点字名刺が開いた心の目

 東京都江東区 宝坂健児 先日、仕事先の方から点字名刺をいただきました。なぜ、目が不自由でもない私に点字名刺を渡すのか。その名刺を手に、しばらく名刺談義となり、その方から発せられる使い古された感のある「社会貢献」という言葉が妙に新鮮に感じられました。「その点字名刺は身体障害者の方々が働くワーク施設で加工してもらっています。ですからそうした施設の仕事を作ることにもなりますし、名刺を通じて社会貢献の大切さを伝えることもできます」と語られました。私も刷り上った名刺100枚に点字加工をお願いしました。名刺の点字を指でなぞりながら気が付いたら点字名刺の説明に夢中でした。まさに、百千の言葉よりも一つの実践です。一枚の点字名刺が心の眼を開くことを身をもって感じました。(会社員 39歳)

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2006.05.30

就職ガイダンス イン 名古屋

毎日就職セミナー.jpg

今日、いつものように総務の勝○君と一緒に名古屋市内で行われた就職ガイダンスに出席した。 

勝○君は僕の言うことを隣でいつも聞いているので僕の考えや話し方が自然と頭に入る。写真集もとりあえず話しが出来るので営業も出来るのではないかと思う。

 

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2006.05.30

日の入り

日の入り 新幹線車中より.jpg 新幹線の中にて

名古屋から静岡へ向かう新幹線 の中から撮影!

この後に綺麗な夕焼けになるが高速で移動している新幹線なので中々撮影ポイントにならないのが歯がゆかった!

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2006.05.30

静岡に向かう新幹線の中にて

出張帰りの新幹線.jpg ガイダンス終了後、勝○君と帰りの新幹線で一杯

不思議と新幹線で飲むビールは上手い

「な!そう思うだろ勝○君!

 

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2006.05.29

岬塾全国連絡協議会

 
岬龍一郎.JPG
岬塾全国協議会が伊勢市内のホテルで開催され、静岡からは4名が参加した。
各地区とも真面目に取り組んでいる様子が発表される。
静岡岬塾も2ヶ月ごとに開催されるので先生のお話しを聞いてみたいという方は声を掛けてください。
(但し、自称40歳以下の方が対象です・笑)
岬塾は作家「岬龍一朗先生」を師と仰ぎ「日本思想史」から今後、我々日本人が拠って立つべき精神的支柱を確立せんがための人間力開発を行う(千葉岬塾則より抜粋)
賢者は先人の道に学ぶ(岬龍一朗先生ホームページより)
訓を学べばすなわち穣(みの)るあり
歴史をひもどけば、過去の日本人の中には、その人の生き方、言動を眺望するだけで、思わず「襟」を正さざるを得ない人物がたくさん存在している。そしてそのような人への共鳴、あるいは敬慕の気持ちが人に生きる力と勇気を与え、さらなる偉人を生み出し、歴史を切り開いてきたのである。であるなら、われわれも「師」と尊敬する先哲先人を求め、その「師」のものの見方、考え方、生き方を自分なりの立場、状況でなぞって精進するかぎり、たとえその人になれなくても、その人に一歩でも近づくことができれば、有意義な人生を過ごせるのではないか。

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