色んな方にお会いします。
「村田さん」とか「村田社長」とか「社長さん」と呼ばれます。
「社長」と呼ばれることが好きでないので、「村田さん」と呼んでくださいと伝えます。
社内では「みつおさん」、それ以外では「村田さん」
これでいいじゃぁないですか。(笑)
村田光生
2024.06.02
「”村田さん”と呼ばれるのがいいなぁ!」
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2024.06.01
「運が強い人は、どんなことにも全力で取り組んでいる!」
「どんな小さい注文でも全力で取り組む人こそ運が強い人」と上甲晃さん。
「運が強い選手とは、どんな当たりの打球でも全力疾走する選手。全力疾走することで、守備が緊張し、お手玉したり暴投してセーフになる」
松下電器産業に入社後に松下政経塾の理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任し現在では志ネットワークを主宰している上甲晃さんはプロ野球コーチからその話しを聞いた時に目からウロコが落ちたそうです。
人が嫌がる仕事を「はい、喜んで」といえる人は運を開いて行けるが逆の場合は逃げて行く。
中村文昭さんの「0.2秒の返事」も運を開く行動なのでしょうね。
写真、志ネットワークHPより

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2024.05.31
伴侶の喜びを喜ぶ!
「ご主人や奥さんが友人と外出して楽しんで帰ってきた際に留守番をしていた相手に素直に『良かったよ』と言えない人が多い」と斎藤一人さん。
「楽しかったよ」と言おうものなら機嫌が悪くなることもあるので「今日はつまらなかった」と説明することになり、それが続くと伴侶よりは外に楽しさを求めるようになる。
ご主人や奥さんが外で楽しんで帰ってときには、たとえ遅くい時間になったとしても笑顔で「楽しめて良かったね!」と喜んであげることが夫婦仲良しの潤滑剤にもなると。
なるほどねぇ!!
過去、そういう時に自分がどういう顔付でどう言っていたのか・・・、全く自信がありません。

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2024.05.30
「あと、もう一歩の努力なんだろうなぁ!」
「辛い」という文字に一本の横線を入れると「幸せ」になる。
「辛」→「幸」
辛と幸は裏表一体。
辛くても努力することで幸になるし、幸せであっても努力を怠ると辛くなる。
きっと、あと一歩の努力なんだろうなぁ!
「みなさん、お互い前進ですね!!」
写真は日の出ですが、昼もあれば夜もある。
人生もその連続ですね!

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2024.05.29
靖国神社に設置されている「軍犬、軍馬、伝書鳩」慰霊像
靖国人社にある、戦争で亡くなられた方々に加えて、軍犬、軍馬、伝書鳩の慰霊像。
100万頭に近い軍馬、数万頭の軍犬と誠実な伝令として戦場で活躍した伝書鳩の霊も慰めています。
軍用犬は地雷原と思われる場所に行くと解き放たれ走り回るということもしていたと。
民間で飼育されていた犬も徴兵され、数万頭が投入されたそうです。
戦没馬慰霊像(せんぼつばいれいぞう)
説明板より
馬ほど心の美しい動物はない。
明治初期から昭和20年8月15日の終戦に至るまで、幾多の戦役にかり出され百万頭近い馬が戦陣に斃(たお)れた。
軍馬補充部で育成された軍馬や農家からの購買または徴発馬が、斥候(せっこう)、行軍(こうぐん)、戦闘のため戦場を駆巡る乗馬として、あるいはいかなる難路にも屈せず重い火砲を引く輓馬(ばんば)、軍需品を背負い搬送する駄馬(だば)として戦地に赴いた。
御国のために戦場を駆巡り、屍(しかばね)を野辺に晒(さら)したもの数知れず、終戦まで生き長らえても、再び懐かしい故国に還ったのは僅か1、2頭である。山紫水明の生まれ故郷を思い起こしたことであろう。
それでも黙々として生を終えた・・・・・。
軍犬慰霊像・・・・兵士にとって最愛の仲間であったジャーマン・シェパード。
昭和6年(1931年)9月満州事変勅発以降、同20年8月大東亜戦争終結までの間、シェパード犬を主とする軍犬は我が将兵の忠実な戦友として第一線で活躍し、その大半はあるいは敵弾に斃れ、あるいは傷病に死し、終戦時生存していたものも遂に一頭すら故国に帰ることがなかった。
この軍犬の偉勲を永久に伝え、その忠魂を慰めるため広く浄財を募りこの像を建立した。
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軍犬、軍馬
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2024.05.28
「大阪市内にあった、あの横断歩道はどうなったのかな?」
2010年ごろ、大阪市内に出張の際に面白い横断歩道を発見?(写真上)
東淀川駅西口を降りた先にある商店街を出た交差点に、道の真ん中に横断歩道があるんです。
このような横断歩道をみたことがありません。
あらためてGoogleマップで調べたら未だに同じでした(写真下)
「さすが大阪!!」(笑)
きっとこの道路は歩行者専用道路になっているのでしょう。
2010年ごろに撮影

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2024.05.27
今日で67歳となりました!
5月27日、67歳の誕生日を迎えました。
今日、この日を迎えることができたこと、祖先と両親に感謝しかありません。
9年前に「元気なシルバ―になる!」と走り始め、7年前と5年前にフルマラソン完走。
その後も月に100km程度を目標に走っていますが、歳を重ねるごとに体力が落ちていくのを感じます。
4年前に、父93歳、母91歳で他界しましたが、父の年齢までは歩いていられる足腰でいるのと、
26年後の創業100周年記念式典に93歳で歩いて出席することが目標です。
村田光生
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