社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

2025.06.20

ドラえもん!」

先日、静岡駅構内にあるお好み焼き「千房」に久しぶりに入りました。

「お好み焼き」と「焼きそば」セットを注文。

焼きあがったお好み焼きを持ってきてくれた際に、「マヨネーズを掛けてもいいですか」と聞かれたので、もちろん「お願いします!」

すると、ドラえもんを描いてくれました(笑)

直ぐに写真を撮れば良かったのですが、少し時間が経ってからの撮影なのでマヨネーズの線がだれちゃった。

次回は動画撮影にチャレンジ!

お好み焼きと焼きぞば、とってもおいしかったです。

お好み焼き「千房」

この記事をシェアする

2025.06.19

「輪くぐりさん!」

昨日の早朝ラン!

いつものように静岡護国神社まで走ったところ、「茅の輪くぐり」の輪が設置されていたので、「8の字」にくぐりました。

厄除けになるか、ならないかは普段の行動によって結果が違ってくると思いますが、取り合えずの神頼み!(笑)

通商「輪くぐりさん」

ネットで調べてみました。

神社の「輪くぐり」とは、「茅の輪くぐり」と呼ばれる神事で、茅で作られた大きな輪をくぐることで、心身を清め、無病息災や厄除けを祈る日本の伝統的な行事。

主に6月30日の「夏越の祓(なごしのはらえ)」や、12月31日の「年越の祓」など、半年ごとに行われる「大祓(おおはらえ)」の神事の一環として、多くの神社で執り行われている。


その起源の由来は日本神話にあり、スサノオノミコトが旅の途中、蘇民将来(そみんしょうらい)という人物のもてなしに感謝し、「疫病が流行ったら茅で輪を作り、腰につけて難を逃れよ」と教えたという伝説に基づいている。

蘇民将来がその教えを守ったことで疫病から逃れられたことから、茅の輪には厄除けや魔除けの力があると信じられるようになった。

静岡護国神社「輪くぐり」

この記事をシェアする

2025.06.18

「潜在意識に落とし込む!」

「できる  できる  できる」と阿奈靖雄さん

私の願望はかならず達成できる

私にはそれだけの底ぢからがある

願望の実現にむけてしっかりと目標設定し

具体的に行動することがうまくいくと信じきって

具体的に行動すればかならず道は開けてくる

1日10回唱えたら1年間で3650回、この言葉が潜在意識に刻み込まれるので、言葉通りのことが起こってくると。

試す価値はありそうです。

この記事をシェアする

2025.06.17

高知県(土佐藩)出身の偉人!

昨日の坂本龍馬繋がりですが、高知県(土佐藩)出身の偉人を3つのAiに聞いてみました。

3つ揃うのかなと思ったのですが、3人だけが揃いました。

1、坂本龍馬(さかもと りょうま)
幕末の志士。薩長同盟の成立や大政奉還に尽力し、日本の近代化に大きな影響を与えた。

2、中岡慎太郎(なかおか しんたろう)
幕末の志士。陸援隊を組織し、坂本龍馬とともに維新運動を推進した。

3、板垣退助(いたがき たいすけ)
明治時代の政治家。自由民権運動の指導者で、「自由は死せず」の言葉で知られる。

以下は2つのAiがリストアップした偉人。

4、岩崎弥太郎(いわさき やたろう)
三菱財閥の創始者。日本の近代産業発展に大きく貢献した実業家。

5、中浜万次郎(なかはま まんじろう/ジョン万次郎)
漂流後アメリカで学び、帰国後は通訳や教育者として活躍。日米交流の先駆者。

6、武市半平太(たけち はんぺいた)
土佐勤王党のリーダー。土佐藩内での改革と尊皇活動を展開

7、後藤象二郎(ごとう しょうじろう)
明治政府の要職を歴任し、版籍奉還や廃藩置県にも関与

8、牧野富太郎(まきの とみたろう)
植物学者。「日本植物学の父」と称され、多くの新種を発見・命名した。

そして、もう一人。日本人だったら知らない人はいません。

9、やなせたかし
「あんぱんまん」の作者。戦後の児童文化に大きな影響を与えた。

写真:高知県HPより 坂本龍馬が愛したといわれる高知市桂浜

高知市 桂浜

      この記事をシェアする

      2025.06.16

      坂本龍馬は脱藩したにも関わらず、なぜ処罰されなかったのでしょうか?

      Aiに脱藩のことを尋ねてみた。

      「武士が自分の仕える藩を無断で抜け出し、藩籍を離れること」

      当時、藩の許可なしに出国(江戸などへの移動)や他藩への仕官は禁止されており、今でいう「脱走兵」「亡命」「出奔(しゅっぽん)」などに近く、処罰例としては死罪、切腹、家族連座、士籍剥奪(武士の身分を失う)などがあったという。

      「坂本龍馬が土佐を脱藩したことはあまりに有名ですが、なぜ処罰されなかったのか?」という疑問が頭をよぎりました。

      Aiに質問したところ「なるほど・・・」という回答で納得。

      ・龍馬は1862年に脱藩(土佐藩から無断離脱)
      ・同年、長崎・江戸・京都で活動開始し、「海援隊」結成
      ・土佐藩内の改革派(後藤象二郎)が彼を高く評価し、事実上の脱藩赦免を通達
      ・最終的には「土佐藩士」として正式に復籍もしている(1867年)

      坂本龍馬が処罰されなかった主な理由

      ① 政治的に重要な人材となったため              
      脱藩後、倒幕・開国のために奔走し、薩長同盟の仲介など国政レベルの活動を展開。幕末の動乱期において、「国家のために働く志士」として見逃される空気があった。

      ② 土佐藩が後に事実上「許した」ため          
      龍馬は最初は脱藩者として追われる立場でしたが、後に土佐藩内の開明派(後藤象二郎ら)が彼の存在価値を認め、事実上の赦免・支援を行うようになった。

      ③ 時代の変化(幕末の混乱)          
      幕末は「倒幕」「尊王」「開国」「佐幕」などが入り乱れた時代。旧来の藩制度やルールが揺らいでおり、脱藩そのものの意味が薄れていった時期でもある。

      ④ 土佐藩にとってもメリットがあった          
      龍馬の働きが、土佐藩の名誉・影響力を高めた(例:薩長同盟や大政奉還構想など)。そのため、あえて処罰せず、むしろ協力関係を築いた。

      この記事をシェアする

      2025.06.15

      「全社挙げて取り組む!」

      2020年1月号にの日経トップリーダーに書かれてあった記タイトル「中小企業経営者の99%が求人活動に感心がない!」が衝撃的でした。

      当時から5年が経過し、更に求人難になっているので、関心がない経営者などはいないと思いますが、私の周りをみても求人に力を入れている経営者は少ないように感じます。

      売上を上げるには全社一丸となって力を入れるのは当たり前のこと。

      10年以上前から「求人も全社挙げて取り組む」ということを弊社社員には伝えるようにしていました。

      先日も、人事部の責任者の会合に出席した際に、「上からはもっと仕事をしろ、下からはもっといい人を採用してくれと言われていませんか?」と質問したところ「村田さん、全くその通りです」と答えが帰ってきました。

      人事部があるような大きな組織であっても、全社を挙げて取り組んでいるところと、人事部だけに任せている所では採用の結果が違っていると思います。

      写真は「インターンシップ合同企業ガイダンス」2025ですが、村田ボーリング技研は頑張っているじゃぁないですか(笑)

      この記事をシェアする

      2025.06.14

      ブログコメントが13万件になりました!

      うっかりとしておりましたが、今年の2月で「溶射屋ブログ」へのコメント数が13万件となっていました。

      2005年12月からブログを始めて、2008年8月からは連続投稿中。

      ブロク投稿してから19年半年が経過しましたが(Facebook投稿は2011年2月から)、今さらやめられません(笑)

      皆さま、今後もよろしくお願いいたします。

      この記事をシェアする