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2009年10月6日

2009_10/06

緑風荘(座敷わらし)

5日の早朝に「座敷わらしの旅館が全焼」とのニュースが飛び込んできた。

「ええっ!! (@_@。」

岩手県二戸市にある金田一温泉にあるこの旅館・緑風荘は座敷わらしが出ることであまりに有名です。

座敷わらしを男性が見ると出世して女性がみると玉の輿に乗ると言われている妖精!!

緑風荘の母屋にある「愧の間」(えんじゅのま)が一番出ると言われていて著名人が何人も宿泊しているそうです。

聞いた話しだと歴代の総理大臣経験者もその中の一人とか!!

この「愧の間」は1日で3年間の宿泊予約が埋まってしまう部屋で2011年の年末まで予約がいっぱいだったそうです。

実は2年前の4月にこの緑風荘に宿泊したことがあります・・・、と言っても僕が宿泊したのは緑風荘の旅館の方!

でも、女将さんの計らいで母屋の「愧の間」と「主の間」を見せて頂く機会を得ました。

 
緑風荘 母屋

 緑風荘の母屋・・この母屋は300年の歴史があるという!!

緑風荘 母屋

 母屋の裏側・・・・左側半分が「愧の間」があるところ

 
「愧の間」看板  

 緑風荘から母屋への看板

愧の間

 愧の間(えんじゅ)・・丸い球(オーブ)が見える。

 
主の間

主の間・・・特別に入れて頂きました。

 
オーブ・緑風荘写真集より オーブ・緑風荘写真集より
オーブ・・・・丸い球・・・・・・これは緑風荘の大広間で食事をした時にあった写真集を撮影。

女将さんの話しによるとこの「オーブ(ご祖先)が家を守ってくれているんです」と語っていたのを覚えています。

300年続いたこの母屋を守っていたオーブ・・・・・何か現在の地球環境に大きな変化があって守り続けることができなかったのだろうか??
 
オーブ・緑風荘写真集より オーブ・緑風荘写真集より
   物凄い数のオーブ(左)・旅館の外にも(右)・・緑風荘写真集より
オーブ・緑風荘写真集より

 自宅敷地内にある亀磨神社にもオーブが・・・・緑風荘写真集より

 

WikPediaより

1300年(南北朝時代)、南朝の武将が北朝(足利尊氏)方との戦いに敗れ落ち武者となり、奈良から東京都あきる野市(五日市町)に落ち延びこの地名を名字とした。しかし、この地は関東の勢力範囲内でそこからさらに南部藩(金田一)に落ち延びる。この時6歳と4歳の男の子がおり、金田一までたどり着くと同時に兄の亀麿(かめまろ)は病にかかり死去する。死の床で「末代まで家を守り続ける」と言い息を引き取った。

この亀麿の霊が奥座敷「槐の間」に棲みつき『家の守り神』となり、時々客人に姿を見せたりいたずらをするようになったと言い伝えられている。この部屋に泊まり、座敷わらしに出会えると驚くほどの幸運に恵まれ男は出世し、女は玉の輿にのると一般的に言われている.

 
緑風荘

緑風荘・玄関

 
夕食

夕食・・大広間にて

 
ツキを呼ぶ魔法の言葉

「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の五日市剛さん・・緑風荘は五日市さんの遠い親戚だそうです!

 

愧の木・・・・・愧の木は古来より魔よけ、厄よけ、災難よけの木として言われ屋敷の鬼門に家内安全、お家繁栄を願い植樹されてきました。

また、「延寿」「縁授」と書いて長寿の木、縁結びの木と言われ喜ばれているなど、大変縁起の良い木とされているそうです。

ニュースによると21人の宿泊客や9人の従業員がいたそうですが客の一人が避難する途中に足に軽いケガをした程度ですんだそうです。

こんな程度ですんだのも「座敷わらし」のお陰かも知れない・・・・。

(使用カメラ Panasonic LUMIX DMC-LX2)

 


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金田一温泉 緑風荘

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