2006_10/06
高級靴磨き
2006_09/24
”つま恋”吉田拓郎&かぐや姫」コンサート
今日の静岡新聞によると35000人が集まったようです。
9時30分に静岡駅からバスに乗って会場に到着したのが11時、席に着いたのは11時40分ですぐに静岡朝日テレビのインタビューをちょっとドキドキしながら受ける。(女性だったけどアナウンサーだったのかな?)5分位のインタビューでしたけどテレビカメラとマイクが目の前にあると緊張するよね!!!
僕の席はA4ブロックという所で一番前、2番目に良い場所だったので超ラッキー。拓郎やかぐや姫の顔の表情が肉眼でわかるところ。
そして、大スピーカーが目の前にあったので音も半端じゃない。ベースの振動がお腹にボンボンとここち良く響いてくる。
かぐや姫の演奏
はレコードで聞いた音楽そのまんまだったのでファンには涙が出てしまうくらい、たまらない内容だった。「そう言えば2000年にかぐや姫再結成静岡講演の時もそうだった!!・・・」
拓郎の場合は
昔の歌から最近の歌?までを盛り込んでバックオーケストラとともにとにかく大音響での演奏だったけど”つま恋”に来た拓郎ファンにとってはなんとなく物足りない内容だったのではないだろうか?
やっぱり、かぐや姫と同じように昔懐かしい曲を中心にやって欲しかった。
「あの曲も、この曲もやってないしイントロを聞いても何の曲をやるか全く掴めない」
拓郎からすれば「年齢とともに考え方も変わってきているから昔のスタイルでは無く、今のスタイルにあった音楽を!」と言うことなのだろうけど、この”つま恋”に来ているファンの多くはやっぱり昔のスタイルで唄って欲しかったと思う。
拓郎の唄を聴いていて今年に入って子供たちに誘われてV6のコンサート(1万人収容)に行った時に大音響の中でメンバー達が唄っていたことと正直言ってダブった。
ギター1本の弾き語りも1曲しかなかったのが誠に残念!!
でも、でも、でも・・・・・ガンを克服して唄を唄い続ける拓郎の姿から感動を一杯貰ったのも事実です・・・あえて言えば・・・・・・・そうして・・欲しかったかな?・・・・と言う事ですよ(笑)
コンサートは9時35分に終了し、誘導制限の為にA4ブロックから出れたのが1時間後の10時30分でバスが出たのが11時30分、静岡駅に到着したのが12時30分。
バス到着場所の目の前にある「はなまるうどん」で空いたお腹にガソリンでもいれようと思ってみたら12時30分なのに長蛇の列が出来ている。
皆考えることは同じだよなと思う(笑)結局は15分位は並びました。
「だってお腹が空いているし・・・・・」
「えっ!ビールも中ビンが売れ切れていて小さいビールが2本と350mlのチューハイしか残っていない」
結局家に着いたのは1時でした。
つま恋コンサートは身体も疲れたけど一生の思い出に残るコンサートだったです。
「松○さん、村○さんは何時に帰れましたか?楽しかったですか?」
ちなみに今日の静岡新聞と産経新聞は1面につま恋のヘリコプターから撮影した写真が掲載されていたし、あの!日本経済新聞も社会面に掲載されていたので結構ニュース性があったんだね?
「拓郎、こうせつ、正やん、パンダさん、スタッフの皆さん、素晴らしい思い出をありがとう!!」
2006_09/21
マッスルミュージカル
2階席のチケットだったのでメンバーが小さくしか見えなかったのがとても残念だったけど迫力はあった。
いつも思うけどこの手の公演はやっぱり女性が多い、ざっと見て9割が女性!年齢層は子供からお年寄りまで幅広い。 会場一体となっての振り付けがあったけど、視界に入ってくる男性陣は恥ずかしいのかシラケ状態で手が動かない。
彼女や奥さんに誘われて来ているのだろうが、「会場一体となって盛り上がればいいのにな」と思わざるを得ない。
男ってつまんない生き物だね。 1時間30分あっという間でした。
2006_09/19
木の復元力
夜、モラロジー勉強会があり参加企業の中の2社の発表があった。
写真はそのうちの1社宮本工務店の宮本会長のデモンストレーション。
2枚の写真の手前側の厚み3cm位のフローリング材は自然乾燥で板の繊維が生きているそうだ。
この生きている板に金づちで叩いて凹ませておいて、濡れタオルを板の上に乗せて熱したアイロンを当てると「ほら元通りに復元しますよ」という実験を行っているところ。
向かい側のフローリング材は強制乾燥した板は繊維が死んでいるので同じようにアイロンを当てても復元しない。
簡単な実験だったけど改めて自然の物には力が宿っているなと感じました。
宮本工務店は石油から産まれた商品は使わないので新築の家でも木の香り以外は匂わないし、肌が敏感な人でも全く問題がないそうです。
宮本工務店 http://www.miyamoto-net.co.jp/
2006_09/17
佐賀の”がばいばあちゃん”


昨日、映画「かばいばぁちゃん」を観に行った。
この映画は漫才師B&Bの島田洋七氏が10数年前にと4年半前の2回自費出版し合計3000千部を知り合いに配ったそうだ。
それがあれよあれよと言う間に売れ出して現在では111万部を突破しているベストセラーとなっているという。
以下パンフレットより・・・
”がばい”、それは佐賀弁で”すごい”という意味。
そんなに遠くない昔、日本には、こんな”がばい”ばあちゃんがいた。
「悲しい話しは夜するな。どんなにつらい話しも、昼したら大したことない!」
「貧乏には二通りある。暗い貧乏と、明るい貧乏。うちは明るい貧乏だからよか」
ばあちゃんの”がばい”ぶりは、ばあちゃんが小気味良く口にする
その語録でわかるように、明るくたくましい生き方にある。
原作は111万部を突破した島田洋七の自伝小説!
昭和30年代、高度経済成長が始まろうとする時代。極めつけの貧乏生活にありながら、どんな厳しい局面でも持ち前の人生哲学で明るく切り抜ける、文字通りの”がばい”ばあちゃん。そんな気丈なばあちゃんと暮らした少年の体験が、爽やかにして、笑いと涙に溢れんばかりの映画として結実。原作は、漫才ブームの火付け役となったB&Bの島田洋七自身が、少年時代が、少年時代に佐賀の祖母の家へあずけられた経験をもとに書き下ろした同名自伝小説(徳間文庫刊)。刊行後シリーズ化されすでに111万部を突破したベストセラーは、「がばい」(ビジネスジャンプ連載)として漫画化もされ、好評連載中である。・・・・
昭和30年代は僕が生まれてから物心がついて記憶にある時代。
とても懐かしくもあり、小学校時代この映画にでてくるようなクラスメイトがいたことも思い出す・・・・。
良きにつけ悪しきにつけ、今ではとても考えられない時代だったことを改めて思いださせてくれる映画だった。
2006_09/15
静岡岬塾
昨日、岬龍一郎先生をお呼びしての「静岡岬塾」をぺガサートで開催しました。
昔、世界に誇れた「武士道」精神があった日本。
1921年アインシュタインが6週間日本に滞在した際のの最後の講演会で下記のことを言ったという。
「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。
一系の天皇を戴いていることが今日の日本をあらしめたのである。
私はこのような尊い国が世界に一ヶ所ぐらいなくてはならないと考えていた。
世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時が来る。
その時人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあがなければならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それにはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
われわれは神に感謝する。
われわれに日本という尊い国をつくっておいてくれたことを 」
それに比べて世界からエコノミックアニマルとまで嘲笑されるようになってしまった日本。
岬先生はそんな日本の若者に「武士道精神を説くことによって」少しでも変化させようと全国を重病を患った身体で回っています。
今回は私も所属している「駿河財団 http://www.zai.jp/page020.html」のメンバーの一部の方にも参加してもらうことができ本当に良かった。
懇親会も盛り上がりましたね(笑)
岬先生は2ヵ月ごと静岡で勉強会を開催しておりますので次回は11月、今回参加できなかった方次回は是非お越し下さい。
2006_08/31