社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2026.04.27

「水は買うもの」はいつから日本の常識になったのか?

普段、何気なく飲んでいるミネラルウォーター。

私が高校生だった50年前は、水といえば水道水が当たり前の時代。

「外国では、お金を出して水を買う」ということが信じられませんでした。

では、「日本ではいつから、水は買うものになったのでしょうか?」

気になって調べてみたところ、日本ミネラルウォーター協会の資料にその歴史が詳しく掲載されていました。

資料によると、ミネラルウォーターの消費が急増した大きなきっかけは、1993年(平成5年)の日本経済新聞の記事だったそうです。

そこには「エビアンのミニボトルを革製ホルダーに入れて持ち歩く若者のファッション」が紹介されており、これを境に500mlペットボトルの消費が一気に増えたといいます。

今から30年以上前、流行に伴って「水を買う」ことを当たり前に受け入れ始められたのですね・・・。

日本のミネラルウォーターの歩み

1868年:横浜・神戸の居住地の外人用として販売開始
1929年: メジャーホテル用に「富士ミネラルウォーター」販売開始
1967年:  ウィスキー水割り用(業務用)販売開始(第1次・水の時代)
1972年:  日本ミネラルウォーター協会設立
1982年:  家庭用ミネラルウォーター登場(第2次・水の時代/PETボトル登場)
1983年: 「六甲のおいしい水」の瓶詰・販売開始
1989年: 「山崎の天然水」「南アルプスの天然水」販売開始
1993年: エビアンのミニボトルファッションが流行し、PETボトル消費が増加
2001年: 国内生産数量 100KL突破
2008年: 200KL
2015年:  300KL
2019年:  369KL
2025年:  486万KL

写真:Ai画像(村田光生似の人物・笑)

 

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2026.04.26

「武士は、なぜ改名していったのでしょうか?」

靖国神社にそびえ立つ、大村益次郎の銅像。

この像は、靖国神社の前身である「東京招魂社」の創建に尽力した功績を讃えて設置されているそうです。

大村益次郎の「旧姓は『村田』、幼名は『宗太郎』」。

私と同じ名字だということに、勝手ながら親近感を覚えています。

「昔の武士はなぜ頻繁に名前を変えたのでしょうか?」

疑問に思い、調べてみました。

大きな理由は「元服」にあります。大人になる通過儀礼として幼名を捨て、成人としての名を授かる。

また、出世に伴い主君から名前の一文字を授かる「偏諱(へんき)」という文化もあった。

これは単なる改名ではなく、 主君への忠誠を誓い、組織における重責を背負うという「決意の表れ」。

役職が変われば、見るべき世界が変わる。

武士にとって名前の変化は、まさに「成長と責任の証」だった。

「なるほどねぇ~!」

現代の私たちも名前こそ変わりませんが、日々の成長とともに、心の持ちようや視座を常にアップデートしていきたいものです。

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2026.04.25

健康は「当たり前」ではなかったと気づく年齢になりました。

若い頃は、健康が当たり前だと疑ったこともありませんでした。

人間ドックで数字が悪くても、「まだ大丈夫」「そのうちなんとかなる」と楽観視して、生活を変えることもなく過ごしてきたし、貰った薬を飲んだことがありません。

しかし、気がつけば60歳代。

ふとした瞬間に体が重く感じたり、あちらこちらに痛みが出始めたり・・・。

自分の体が少しずつ変化していることを、ひしひしと感じる年齢になりました。

今では、「健康は、自然なものではなく、日々のちょっとした努力で維持していくものなのだ」と。

若い頃は何も考えなくても動いてくれた体も、今はメンテナンスが必要。

小さな努力の積み重ねが、これからの自分を支えてくれるのだと感じています。

日々体を大切にしている人と、そうでない人。

その違いは、長い目で見るときっと健康でいられる時間に大きく影響するのは間違いありません。

皆さんは、何か意識している習慣や、続けていることはありますか?

写真:1ケ月で25万歩達成 「完歩賞」

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2026.04.24

「私の毎朝のルーティン!」

今日も元気に目が覚めました!

朝一番に気持ちよく目覚めることができること。

これが私の何よりのエネルギー源。

毎日3時起床が目標です。

日々、どのようなルーティンで過ごしているか、少しだけご紹介。

「3:00 起床」
まずは台所周りの整理から。

「バスタイム」
お風呂でシャンプー。
実はこれ、睡眠時に装着している、シーパップ(CPAP)」のベルト跡を直すためなんです(笑)。

「感謝の時間」
仏壇用のお茶とコーヒーを淹れ、神棚と仏壇へ手を合わせます。
無事に目が覚めたことに感謝し、今日一日の無事を祈る。
この静かな時間が、一日の心の土台になります。

「PCワーク」
4時過ぎからはPCに向かい、SNS投稿やメールチェックなどの事務作業を。

「運動」
5時20分頃からは、静岡護国神社までの往復6kmをラン&ウォーキング。
心身を整える大切な運動です

「朝食準備」
出勤 6時30分に朝食の準備をして、7時20分頃には出勤。

「就寝」
夜は9時前に就寝。

こうして書き出してみると、朝の数時間が、その日一日の質を決めているのだと改めて感じます。

特別なことではありませんが、毎日コツコツと積み重ねること。

感謝を忘れず、健康を維持すること。

これからも、このルーティンを大切に、一日一日を丁寧に積み重ねていきたいと思います。

 

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2026.04.23

靖国神社・・・「国を安らかにする」という願い!

2013年、法政大学院市ヶ谷校舎に通学(毎週土曜日)していた時のことです。

真夏以外は、東京駅からの往復8kmを歩いて通学していました。 その道のりの中に、靖国神社がありましたので、毎週参拝していました。

「靖国神社は、どうしてできたのでしょうか?」

調べてみると、その歴史は明治維新の激動の中にありました。

・・・・・・・・・・

1869年、戊辰戦争などで新政府側として戦い亡くなった人々の霊を慰めるために創建されたのが始まり。

中心となって動いたのは、近代日本の軍制を築いた大村益次郎。

(境内に立つあの大村益次郎さんの銅像は、まさにその歴史を物語っていたのですね)

当時はまだ、戦没者を祀る国家的な仕組みが整っていなかったので、まずは維新で命を落とした人々を顕彰し、国家の基盤を固めるという意味合いがあった。

その後、1879年に明治天皇によって「靖国神社」と改称された。

「靖国」とは、「国を靖(やす)んずる」、つまり「国を安らかにする」という意味。

単なる名称変更ではなく、「国家のために尽くした人々によって、この国の平和が支えられている」という、強い願いが込められている。

時代が進むにつれ、その役割も広がり、維新の戦没者だけでなく、国のために命を捧げた人々を広く祀る場所へと変わっていった。

・・・・・・・・・・

歴史を振り返ると、そこには当時の人々の価値観や覚悟が鮮明に映し出されています。

私たちが享受している今の平和が、どのように築かれてきたのか。

忙しい日々の中だからこそ、静かに考える時間を持つことも大切なのかもしれません。

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2026.04.22

「問題なし!」喉の違和感から胃カメラ検査へ。健康であることの幸せ

最近、日によって食べ物や飲み物を飲み込んだ時に、喉に引っかかるような違和感を覚えることがありました。

「ひょっとして、何か病気なのでは・・・。」

と不安になり、数日前に消化器専門の病院を受診することに。

医師からの勧めで、胃カメラ検査を受けることになりました。

昨日の13時が検査日でしたので、朝昼と絶食して病院へ向かいました。

今回は麻酔をお願いしていたので、準備をしてベッドに横になり、静脈に注射を打ってもらいました。

治療室へ移動し、口にマウスピースを装着して体の位置を整えているうちに、いつの間にか意識が遠のいていました。

次に気がついたのは、元の場所のベッドの上で、一時間ほど経っていたようです。

麻酔の影響で車での来院は控えるよう言われていたため、徒歩で帰宅しました。

少し体調が優れないような感覚でしたが、自宅のベッドで横になっているうちに元通りに。

診断結果は、「問題ありません」とのこと。

いやぁ、本当に良かったです(笑)。

健康であることは、何にも代えがたい財産ですね。これからも、体に耳を傾けながら、日々の仕事に励んでいきたいと思います。

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2026.04.21

「アンテナが高い人、低い人!」

同じ講演や話を聞いても、反応は人によって驚くほど違います。

「なるほど!」と深く感動し、数多くの気づきや学びを持ち帰れる人がいる一方で、「面白くない話だった」と何も得られずに終わる人もいる。

この違いは、一体どこにあるのかと考えると、学び取ろうとする「アンテナ」の感度ではないでしょうか?

どんな話の中にも、成長のヒントは隠れている。

大切なのは、話し手から何を受け取るかという自分自身の姿勢。

気づける人は、その学びを即座に自分のものとして吸収し、日々成長していけるけど、気づけない人は何も変えることができません。

私たちは今日、どちらの姿勢で物事に向き合っているでしょうか。

常に謙虚に、すべての体験から何かを学ぼうとする「気づきの達人」でありたいものです。

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