社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2016.03.14

五日市剛さんの講演会でした!

昨日、五日市剛さんの講演会に行ってきました。

氏のお話しを伺うのは弊社主催の講演会に講師としてお招きしてから実に3年ぶり。

五日市さんがサラリーマン時代には、弊社とは業界関係者の関係だったので業界主催の会合ではご一緒していました。

「寝る前に、一日を振り返って、『ありがとう』と思えたことを書き出し、そのおかげで気づけた事に感謝する」ということを日々の日課にするといいですよと教えてくれたことを実践して行きたいと思います。

残念ながら講演終了後に声を掛けることはできませんでしたが、忘れていることや実践できていないことを気づかせていただきました。

やはり、定期的にお話しを聞くこと大事ですね。

五日市剛さん_村田ボーリング技研主催講演会
五日市剛さん、村田ボーリング技研主催の講演には2006年から7回お招きしております。

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2016.03.13

気づいたら行動に移す感性を持ちたいです。

仕事でも仕事以外の作業でも一人でやるよりも二人で行った方が早いし、二人でやるよりも三人でやったほうが早い場合があるので、そういう時には、直ぐに手伝う感性を身に付けたいものです。

特に仕事以外のものは、自分の意思で手伝うことができるので、ただ見ているだけなのか、直ぐに手伝おうとするのか・・・・。

気づきが高い人は、直ぐに手伝おうとするし、気づきが鈍っている人はただ見ているだけになる。

果たして自分はできているのかな・・・?

朝焼け
今朝の朝焼け



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2016.03.12

本番です!

全ての出来事は、必要、必然、ベストなタイミングでやってくるといいます。

平常時には良く理解できるのですが、いざ異常時が起きると受け入れ難くなる。

受け入れる時間が短ければ短いほど、次の展開に移すことができますが、時間が掛かれば掛かるほど次の展開に移す時間が遅れることになります。

特に、変えられない事が起きてしまった時には、受け入れるしか道はないので、いち早く気持ちを前向きに切り替えられるかが、自分との勝負となるのは間違いありません。

幻想的な朝焼け
幻想的な朝焼け

 

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2016.03.11

皇居勤労奉仕活動に参加しています!

今週火曜日から皇居勤労奉仕活動に参加しています。

今日は3泊4日の4日目。

初日に皇太子殿下のご会釈があり、2日目に天皇皇后両陛下のご会釈がありました。

ご会釈とは、天皇皇后両陛下が皇居内の清掃奉仕のため全国各地から集まる人々とお会いになること。

奉仕団の団長に両陛下からのお言葉があり、団員はその会話を団長の後ろで聞くだけですが、二人の発するオーラに自然と涙が流れる人も多いです。

今回は自分を含め社員と共に6人での参加ですが、最高の学びの場だと思っています。

ご会釈
宮内庁HPより ご会釈(勤労奉仕団)

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2016.03.10

当たり前に感動したい!

当たり前に感動したい!

福島正伸さんから、当たり前の事に感動や感謝することができる感性を持つことが重要だと学びました。

それができると、全ての事に対して感動が生まれ、感謝することができると。

空気があるから生きていられるんだぁ〜、ありがとう!

車があるから短時間で移動ができるんだぁ〜、ありがとう!

社員がまともに出勤してくれたんだぁ〜、嬉しぃ〜ありがとう!

・・・と、文章で書くと簡単なのですが、これがなかなかできない。

全ての当たり前に感謝、感動できるって、いいですよね。

意識している時は感謝モードなのですが、ふと気が付くとOFFスイッチになっています。

取り敢えず、形から入ることで、そのうち心が伴なってくればいいなぁと思っています。

綺麗な空模様
綺麗な空模様に感動です

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2016.03.09

自分のモノサシは相手に伝わりません!

上から目線のような人が特に多いように感じますが、自身の持論を相手に伝えようと思っても、その言葉は相手の心には響かず何も伝わらないことが多いのではないでしょうか?

伝える側は「言ったつもり」ですが、相手の心には響かない。

相手に伝えるというのは本当に難しいです。

いつも言葉足らずが多い私としては課題のっ一つですが、相手目線になって寄り添うということはできるかなぁと!

「相手の心に響くようにする」・・・・文章にすると簡単ですが、実際は難しいですね。

でも、「できない」と思っているのと、「なんとか工夫しよう」と思うのでは、その結果は違うように思います。

写真は、我が恩師の坂本光司先生ですが、心に響く言葉顔良いです。

坂本光司先生
坂本光司先生

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2016.03.08

皇居勤労奉仕

以下、元侍従長 木下道雄著「新編 宮中見聞録 昭和天皇にお仕えして」・皇居勤労奉仕発端の物語の抜粋!

・・・・・・・・・昭和20年、当時の皇居御門には占領軍の歩哨が立っている。二重橋前の十万坪の広場にあった60余ヶ所の照明灯は管理の統制を欠いたために一つ残らず破壊され、皇居内の宮殿も含めて木造建築物はほとんど消失してしまう状況であった。

二重橋前の広場に雑草が生い茂い、荒れているということを聞いた宮城県栗原郡(現・栗原市)の若者60数人が、天皇陛下のために動くと占領軍に検挙されてしまうかもしれないという覚悟で上京してきた。

草取りや掃除のために来たと皇宮警察官を通して宮内省への申し入れがあった。本来、県知事に挨拶してくるべき所を、迷惑が掛かるかもしれないということで、黙ってきたという。

一同は人出不足のため、片付けができないでいた皇居内の宮殿焼跡に散乱している破片を片付けることになり、三日後には何万個という瓦や石の破片が見事に積み上げられた。

青年たちが皇居内の清掃を手伝ってくれるということは両陛下にも伝わっていて、作業が始まるという朝、陛下が皆に会いたいとのご希望があり、青年とのご対談が始まったのである。

陛下は、遠いろころを来てくれてありがとう、郷里の農作の具合はどんなか、地下足袋は満足に手に入るか、肥料の配給はどうか、何が一番不自由ないかなど、ご質問は次から次えと、なかなか尽きない。

かれこれ10分間ほどお話しがあり、何とぞ国家再建のために、たやまず精を出して努力して貰いたい。とのお言葉を最後に一同とお別れになり、2〜30歩お歩きになったとき、突如、列中から沸きおこったのが君が代の合唱であった。

陛下はおん歩みをとめさせられ、じっと、これを聞き入っておいでになる。一同はご歩行をお止めしては相済まぬと早く唄い終わらなければと、あせればあせるほどその歌声はどだえがちになり、はては嗚咽の声に代わってしまった。

万感胸に迫り、悲しくて悲しくて唱えないのだ。私も悲しかった。誰も彼も悲しかった。しかし、それは、ただの空しい悲しい悲しさではない。なにかしら言い知れぬ大きな力のこもった悲しさであった。今から思えば、この大きな力のこもったこの悲しさこそ、日本復興の大原動力となったのではなかろうか。

陛下はこのご対談に何かよほどお感じになった様子で第2回からは両陛下お揃いで奉仕のお会いになることになり、それが皇居勤労奉仕となって70年経った今でも続いている。・・・・・・・・・・

現在で奉仕団との対談は、両陛下と皇太子殿下・妃殿下のご会釈という形で、ご公務として皇居と赤坂御所で行われています。

皇居勤労奉仕団
皇居勤労奉仕団

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