社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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「村田ボーリング技研」

2026_06/06

「そんなことも知らないの?」をグッと飲み込む!

会話のなかで、つい「えっ?そんなことも知らないの?」と言いそうになってしまう瞬間はありませんか?

特に相手が後輩や部下、あるいは年齢の若い人だったりすると、悪気はなくても、教える側としての「当たり前」がポロッと口から出そうになることがある。

そういう時に、グッと飲み込むのが、一流の信頼関係を築く大人の引き出しです。

「知らないの?」という言葉は、言われた側に「恥ずかしい」「責められた」という気持ちを抱かせ、せっかくの学びのチャンスを閉ざしてしまうかもしれません。

知識の差を指摘するのではなく、相手が新しい知識に出会う「案内人」になれたら素敵じゃぁないですか。

私も、その言葉が口から出そうになったときは、まずは一呼吸おいてグッと飲み込むように意識しています。

できれば、「これ、すごく面白い話なんだけどね」「実はこういう背景があってね」と、相手がワクワクしながら新しい知識を吸収できるような言葉に変えられたらいいですよね。

誰もが最初から何でも知っているわけではありません。

「知らないこと」を一緒に楽しめるような、そんな温かい器を持った先輩でありたいなと、改めて自分に言い聞かせる今日この頃です。

2026_06/05

「ふと思い出した中学時代のあだ名!」(笑)

ふと、中学校一年生のときの懐かしい記憶が蘇り、一人でニヤニヤ。

当時の英語の授業でのことです。

教科書を順番に音読していたとき、あるクラスメイトが放った一言が教室を揺るがしました。

「The man ~(ザ・マン)」

彼が緊張のあまりか、独特のネイティブすぎる発音(?)で放った読み方は……

だ・まぁ〜ん〜

はい、その瞬間から卒業まで、彼のあだ名が「ダマン」に決定したことは言うまでもありません(笑)。

当時のあだ名の付け方のセンスといえば、本当にシンプル。

漫画家・本宮ひろし先生の『男一匹ガキ大将』が少年ジャンプで大ブーム。

主人公の名前は戸川万吉(とがわまんきち)。

友人の「とがわくん」は、当然、「まんきち」と呼ばれていました。

では、私(村田光生)はどうだったかというと・・・。

中一の当時、公園のブランコからどれだけ遠くへ跳べるかという遊びで、友人たちの中でいつも最長不倒距離を誇っていました。

なので、私のあだ名は「ちょうじん」となりました。

空を飛ぶ「鳥人」だったのか、それともポテンシャルを見込まれた「超人」だったのかは、今となっては謎のまま(笑)

皆さんの学生時代には、どんな愛すべき「おかしなあだ名」がありましたか?

 

2026_06/04

経済産業省「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定していただきました。

この度、当社・村田ボーリング技研株式会社が、経済産業省・中小企業庁が選定する「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定していただきました。

この賞は、革新的な技術開発や生産性の向上、また地域の課題解決などに挑戦している素晴らしい中小企業を紹介するもの。

当社のこれまでの取り組みをこのように評価していただけたことは、大変光栄であり、身が引き締まる思いです。

先週、その授賞式が経済産業省で開催され、私も会社の代表として参加してきました。

会場には、知っている顔が何人かいたのが嬉しいです。

式典では赤沢経済産業大臣が祝辞を述べられたほか、60人ずつ5回にわたる集合写真の撮影にもすべて参加してくださり、受賞者全員と固い握手を交わされたことが、印象深かったです。

全国から志の高い素晴らしい企業が集まる会場の熱気に触れ、大きな刺激をいただくと同時に、改めてこれまで会社を支えてくれた社員の皆さんの努力、そして日頃から当社を応援してくださるお客様や地域の皆さまへの感謝の気持ちでいっぱいです。

今回の受賞を新たな原動力として、これからも「はばたく企業」の名に恥じぬよう、ものづくりを通じて社会に貢献し、未来へ向かって全進してまいります。

 

2026_06/02

「YouTube視聴回数15万回!」

4年前にアップした当社のYouTube動画「溶射加工のすべて」の視聴回数が、なんと15万回を突破しました!

専門的な技術を紹介する動画としては異例とも言える数字にビックリ!!

この動画は、「現代の匠の技術」である溶射とは一体何なのか、どんな手順で行われ、どのように素材を蘇らせるのかを分かりやすく解説した保存版の動画です。

当社、村田ボーリング技研のことを少しでも多くの方に知ってもらおうと、これまでいくつか動画をアップしてきましたが、このように数多くの皆さまに届いていると思うと、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいです。

動画サイト「溶射屋 yousya-ya」はこちら

https://www.youtube.com/channel/UCpmjjMfjoFTYkzb2H6hen6Q

2026_06/01

毎朝の習慣と、臨済宗妙心寺派の「お線香1本」に込められた意味!

毎朝、仏壇にお茶を供え、お線香を焚いて手を合わせることが私の日課となっています。

ふと、「自分の宗派(臨済宗妙心寺派)では、基本的にお線香は何本焚くのが正しいのだろう?」と気になり、調べてみました。

結論から言うと、臨済宗の基本は「1本」だそうです。

香炉の真ん中に、折らずにまっすぐ立てるのが作法だそうです。

禅宗において、1本のお線香には「一本の木のようにまっすぐ生きる」「心を一つに集中させて仏様に向き合う」という意味が込められているとのこと。

「なるほど・・・!」

家庭にある仏壇の場合は、「雑念を払って、真っ直ぐにご先祖さまたちと向き合う」ということになるのでしょうね。

何本焚くかという形以上に、毎朝の「感謝の心」が一番大切ですが、作法の意味を知ると、いつもの朝の時間がさらに深く、心地よいものに感じられます。

画像:Ai生成

2026_05/31

「D51形 蒸気機関車は戦時中に何と呼ばれていたのでしょうか?」

数ヶ月かけてコツコツと組み立ててきた、デアゴスティーニの蒸気機関車「C62」が昨日、ついに100%完成しました!

主にダイキャストや真鍮で作られており、総重量は10kg以上あります。

ずっしりとした金属の存在感を眺めていると、ふとある歴史の疑問が湧いてきました。

太平洋戦争中、日本国内では「英語(敵性語)」の使用が厳しく禁止されていました。

野球のストライクを「よし」と言い換えた話は有名ですが、では形式名に「C」や「D」といったアルファベットが含まれる蒸気機関車は、当時どう呼ばれていたのでしょうか?

調べてみると、当時の国鉄では、「表記はそのまま、読み方だけを和風のカタカナに置き換える」というルールが存在していたそうです。

具体的には、A=ア、B=イ、C=シ、D=デ、E=エ と発音していました。

つまり、D51形蒸気機関車は「ディー51」ではなく、「デ五十一(でごじゅういち)」と呼ばれていたと。

では、機関車に装着されているナンバープレート(名盤)の表記自体もカタカナになっていたのでしょうか?

金属が非常に貴重だった戦時中、全国に何千両と走っている車両のプレートをすべて外して「デ51」などと作り直すのは、資材や労力の面から不可能だったので、プレートは「D51」のままだったそうです。

この模型は、車輪を電池で回すことができ、蒸気が出る「シュッ、シュッ」という音と、「ボォ~」という汽笛音を鳴らすことができることがたまらない魅力なんです。

完成した模型の重みを感じながら、激動の時代を駆け抜けた機関車たちの歴史に、改めて深いロマンを感じています。

写真:ディアゴスティーニ「C62」

2026_05/29

「SNS発信、気が付けば21年目となりました!」

ブログを開設したのが2008年8月。

連続投稿し始めたのが2005年12月からですので、気がつけば21年目に入りました。

今日の投稿で、「7,380投稿目」となります。

Facebookの投稿は2011年2月から。

以前に投稿したのと同じテーマとなることもあります。

それは、日数が経つことで新たな気づきや学びがあったり、 「頭では分かっているけれど、実践できていない」と、 自分自身を振り返って反省を込めたりしているからです。

私にとってSNSへの投稿は、単なる情報発信ではなく、自分自身を研鑽し、成長させるための「大切なツール」になっています。

「また、同じ内容を書いているな?」 と思われた時には、温かい目でみてやってください(笑)。

いつも温かいコメントをくださる皆さま、 そしてお忙しい中、目を通していただいている皆さま。

本当にありがとうございます。 これからも、日々の気づきを大切に発信を続けてまいります。

画像:Ai生成 おもしろく作ってくれます(笑)