社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2026_09/07

「強者」ではなく「本物」を目指せ!

「強者」ではなく、「本物」を目指せ!と坂本光司先生

強く生きるためには、もちろん「力」が必要ですが、それは他者を打ち負かす「力」ではなく、世のために役に立つ「力」にほかならない。

本当に強い「本物」は、勝ち負けとは関係のない高い価値を人生に求めているからこそ、地に足のついた確かな足取りで生きていけるのだと。

「強者」は、時が過ぎればやがて「弱者」になることもあるが、「本物」は苦しいことや上手く行かない時にも自責と考えて自力で苦境を乗り越えようとする。

坂本光司著「強く生きたいと願う君へ」より!

「偽物の強者」は、苦境を他人のせいにすることを繰り返すことで、やがて誰からも認められなくなりますが、自力で苦境を乗り越えようとする「本物」は、数多くの仲間や協力者が現れ、やがて道が開けると共に回りから慕われる「本物の強者」になります。

2026_09/06

「親父のような存在だった」と豊田章男氏

9月11日(金)、伊那食品工業の「塚越寛氏 お別れの会」に参列してきました。

ネットニュースによると、当日は約2,100人もの参列があったそうです。

会場には、トヨタ自動車の豊田章男会長の姿もありました。

塚越さんの提唱された「年輪経営」はあまりにも有名ですが、2014年当時、トヨタ自動車の社長だった豊田章男氏が年輪経営に興味を持ち、塚越さんと面会された経緯があります。

「当時77歳となっていた塚越さんは、一般公開の講演会はされていなかった。しかし『トヨタが変われば日本が変わる』と、トヨタやグループ会社の役員・管理職向けにお話しされる機会を作られている」

当時、法政大学大学院の坂本光司研究室(ゼミ)で学んでいた際、坂本先生からそう報告を受けたことを今でも覚えています。

お別れの会の翌日、伊那食品のことに詳しい方から「お別れの会への豊田章男会長のご参列は、伊那食品工業の社長様や専務様の悲願だった」とお聞きしました。

豊田会長のお姿を目にされた社員の皆さまの喜びは、計り知れません。

今回の「塚越寛氏 お別れの会」の様子は、Yahoo!ニュース(動画あり)にも掲載されています。

▼ニュース記事 「親父のような存在だった…」トヨタ自動車の豊田章男会長も参列… 伊那食品工業の最高顧問を務め、88歳で亡くなった塚越寛さんを偲ぶ「お別れの会」 https://news.yahoo.co.jp/articles/c2eebfc67880badcbd2cc2af2e7d764418fd1ac1

(写真:斉藤仁著『豊田章男氏が「私の教科書」と言った男 塚越寛』より)

2026_09/05

「伊那食品工業 塚越寛氏 お別れの会」に参列してきました!

昨日、伊那食品工業株式会社の最高顧問である、故・塚越寛氏のお別れの会に参列してきました。

伊那食品工業の経営理念は、「いい会社をつくりましょう」。

塚越さんは生前、「会社というのは、社員を幸せにするためにある」と言い切っておられました。

1958年に操業した同社に創業半年後に入社され、1983年(昭和58年)から2005年までの22年間にわたり社長を務められた塚越さん。

まさに「人を大切にする会社」として、日本一の企業を作り上げた偉大な経営者です。

トヨタ自動車の豊田章男氏が、社長時代に「私の家庭教師です」と言わしめたことでも知られています。

お別れの会の会場(伊那食品工業)には、豊田章男氏のお姿もありました。

近くで記者の囲みインタビューを聞いていたのですが、「豊田さんにとって、塚越寛さんはどのような存在でしたか?」という質問に対し、豊田氏が「私のおやじのような存在でした」と答えておられたのがとても印象的でした。

会場でいただいた資料の中に書かれていた、塚越さんの直筆の手記。

「成長はゆっくりでも 末広がり形になっていれば、みんな幸せです 会社もゆっくり末広がり の年輪経営を! 末広がりのために、どうすべきかを! 塚越 寛」

「年輪経営」という教えを残し、日本中の経営者に勇気を与え続けてくださった88年間の人生。本当にお疲れ様でした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

追伸
塚越さんのことを良く知る方から、「豊田章男会長のご参列は伊那食品工業の社長、専務の悲願だった」とお聞きしました。

2026_09/04

「子供は親を選んで生まれてくる?」

「3歳くらいまでの子供の中に、胎内記憶を持っている子供がいる」と、産婦人科医である「池川クリニック」院長の池川明先生。

先生は、胎内記憶を持つ約3,500人の子供たちにインタビューをしたそうです。

その結果、「赤ちゃんは、これからの人生で厳しい道を歩むか楽な道を選ぶかを自分で決めた上で、お母さんを選んで生まれてくる」と結論づけています。

そして、「お父さんやお母さんを成長させることも、生まれてきた目的の一つ」だという。

だからこそ、「親の方が先に生まれているから偉い」ということではなく、「子供からたくさんのことを教えてもらう」という姿勢でいることが大切なことだと。

子供がまだ小さいうちは、「子供から学ぶことがたくさんあるなぁ」と素直に思えますが、成長して口ごたえをするようになってくると、そんな気持ちはどこかに吹き飛んじゃう。

子供が大きくなり、特に社会人になってからは、一人の人間として尊重し接することが大切だなと感じます。

2026_09/03

「企業経営はゴールのないマラソンである!」

タナベ経営の創業者が生前に良く言っていた言葉。

「企業経営は、ゴールのないマラソン(駅伝)である」

この言葉が、今も私の心に深く刻まれています。

どれほど長い距離を走ってきても、経営という走路にフィニッシュラインはありません。

一度走り出した以上、「次走者へ確実にバトンを手渡すこと」も重要な仕事の一つ。

私自身、創業者から数えて「第三走者」となって26年走り続け、創業76年目を迎え、いつ「第四走者」へバトンを渡すかを真剣に考える年齢となりました。

先代たちが大切に繋いできてくれたこのバトンを、いかに次の世代へ引き継ぐか。

私自身、事業承継という大仕事と真剣に向き合う時期に来ていることを噛み締めています。

2026_09/02

「人によって態度を変えないようにしています?」

上司には揉み手でゴマをすり、部下や年下には横柄に上から目線で接する人。

ドラマや映画でもよく見かけるようなタイプ。

部下や後輩から見れば「人によって態度を変える、信用できない人」となる。

しかし、当の本人はそのことにまったく気づいてい。

「もしかしたら、自分もそうなっているかもしれない・・・」

2000年からすべての人を「〇〇さん」と呼ぶようにしています。

新入社員にも、同じように「〇〇さん」

この習慣を26年間続けていると、友人に会った時でさえ、名前を呼び捨てにすることに抵抗感を覚えるようになりました。(汗)

それだけ自分自身も少しは成長できた、ということでしょうか(笑)。

2026_09/01

「何気なく口から出る言葉に気を付けたいものです!」

医学・薬学博士の佐藤富雄さんが提唱されている「口ぐせ理論」。

大脳や自律神経系と人間の言葉・行動の関連を研究し、「人が考えたり口にしたりした言葉は脳が読み取り、体を使って表現しようとする。

だからこそ、「普段から良い口癖を意識しよう」というも。

例えば、「自分はもう若くない」が口癖の人は体が老け込もうとし、「疲れた」が口癖の人は常に疲れた体になってしまうと。

私は昔から腰痛持ちで、常に「腰が痛い」と言うのが口癖でした。

もしかすると、「腰を痛くしなければいけない」と体が反応していたのかも・・・。

さらに、脳のコンピューターは「人称」を識別できないため、相手に向かって発した言葉であっても、
すべて自分の脳に伝達されてしまうそうです。

相手に思いやりの言葉をかければ、相手が喜ぶだけでなく、巡り巡って自分の体にも良い効果があるということですね。

口から出る言葉は、本当に慎重に選ばなければいけないと改めて感じました。

今日は無意識に出る口癖を、少し意識して過ごしてみたいと思います。