昨日、自宅で家族のクリスマス会を開きました。
3人の子どもたちはそれぞれ結婚し、今では孫も6人。大人8人、孫6人、総勢14人のにぎやかな集まりです。
昨日は一人が出張で欠席でしたが、みんながクリスマスらしい服装に身を包み、家の中は一気に華やかな雰囲気に!
孫たちがプレゼントを手にして満面の笑顔を見せる姿に、自然とこちらまで笑顔になります。
こうして家族が集まり、笑い合える時間こそが、何よりのクリスマスプレゼントだと感じた一日でした。
家族クリスマス会
2025.12.22
「家族クリスマスを開催しました!」
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2025.12.21
「見ているぞ!」
静岡県にある 天竜浜名湖鉄道・天竜二俣駅 の駅前駐輪場で、思わず足を止めてしまう、なかなかインパクトのある看板を見つけました。
あまりに目力が強くて、つい写真を撮ってしまいました(笑)
この天竜二俣駅は、昭和15年(1940年)に建設された当時の姿を今に残す貴重な場所で、転車台や扇形車庫、駅舎一帯が 国の登録有形文化財 に指定されています。
観光で訪れる方も多く、もしかすると見学に来た人が、うっかり自転車に乗って行ってしまうことがあるのかもしれません。
とはいえ、この看板は、防犯効果があるんじゃぁないかな!
みているぞ!
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2025.12.20
「メガバンクの新人が一人で年末挨拶にきたことにビックリ!」
昨日は、お取引先である4行の銀行さんが、年末のご挨拶に来社されました。
銀行の方が来社される場合、通常は担当者とその上司の2名で訪問されることがほとんどなのですが、あるメガバンクは、若い行員の方が一人で来社したんです。
見た目は30代くらいかなと思っていたのですが、話を伺っていると、なんと今年入社したばかりのピカピカの新入社員とのこと。
「本来は上司と一緒に伺うところですが、一人でお伺いすることで、担当の社長様のお考えやお人柄を直接感じ取れると思いました」
もちろん、上司の許可を得たうえでの行動だと思いますが、新人の方が単独で年末のご挨拶に来社されたのは、私にとって初めての経験でした。
「来年そうそう上司と一緒にお伺いさせて頂きます」といって帰って行きました。
このメガバンクの支店長さんは、とても柔軟な考え方をお持ちの方なのだろうなぁ、と感じました。

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2025.12.19
記憶に残る生き方!
人は亡くなったあと、すぐに忘れられてしまう人もいれば、いつまでも誰かの心に残り続ける人もいます。
肉体は亡くなっても、いつまでも記憶に残るような生き方がいいですよね~!
でも、きっと直ぐに忘れられてしまうほうかなと・・・(汗)
そんな性格かもしれませんが前向きに、そして真摯に歩んで行きたいと思っています。
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2025.12.18
「けれど けれど なんにも しない」
あいだみつをさんの「日めくりカレンダー」18日目の言葉。
「けれど けれど なんにも しない」
「あれをやろう」「これをやろう」と思いながら、結局、何もしないまま一日が過ぎてしまう。
そんな経験、誰にでもあるのではないでしょうか。
歳を重ねるにつれて、「もう歳だから…」
そんな言い訳が、つい口をつくようになります。
そして最後は、「来年こそは・・・」と、また先送り。(汗)
この言葉、胸に刺さります。

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2025.12.17
「競歩スピード、あなどれません!」
10年前、58歳のときから朝ラン開始。
毎朝6kmのランニングを続けてきましたが、昨年あたりから足の疲れや息切れにより、思うように走れなくなり、”走っては歩く”を繰り返していました。
数か月前から、競歩のような歩き方で早歩きをしていましたが、数週間前から早く歩くコツがつかめたんです。
現在のペースは、平均すると1km当たり8分ほど。
このスピードだと、走っていた頃に感じていた足の疲れや息切れがほとんどありません。
お腹をよじりながら歩くので、お腹周りがすっきりするかもです。
先日、最後の300mを全力で歩きました。
後で、腕に付けているランニングウォッチを確認してみたところ、瞬間的ではありますが、1km当たり4分14秒という表示にビックリ!
もしかすると、全力で走るより速かったりして・・・。(汗)
写真:早朝6時前の静岡護国神社
静岡護国神社
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2025.12.16
「茶壺に追われてトッピンシャン」って何?
一昨日、「生みそずい」についての記事を投稿しました。
するとSNSで、「“茶壺に追われて トッピンシャン”とは、どういう意味ですか?」というコメントをいただきました。
確かに、改めて考えると気になります。
そこで調べてみました。
■ 童謡「ずいずいずっころばし」
ずいずいずっころばし
ごまみそずい
茶壺に追われて
トッピンシャン
抜けたらドンドコショ
俵のねずみが
米食ってチュウ
チュウチュウチュウ
おっとさんが呼んでも
おっかさんが呼んでも
行きっこなしよ
井戸のまわりで
お茶碗かいたの
だあれ
■ 言葉の意味
「ごまみそずい」
「みそずい」とは味噌吸物、つまり味噌汁のこと。
ごま入りの味噌汁を指し、庶民の日常の食事を表している。
「茶壺に追われて」
江戸時代、宇治の新茶を将軍に献上するための行列「茶壺道中」は非常に格式が高く、庶民は行列を見かけると土下座して道を譲らなければなりませんでした。「追われて」という言葉には、自由に動けない庶民の立場や緊張感が込められています。
「トッピンシャン」「ドンドコショ」
意味のない囃子言葉で、歌にリズムや遊び心を加えるための表現です。
「俵のねずみが米食ってチュウ」
米は生活の糧であり財産。その米をねずみが食べる様子は、庶民の不安や現実的な悩みを象徴しています。
「行きっこなしよ」
「行くことができない」という意味。権力や決まりに逆らえない状況を表しています。
「だあれ」
子どもたちが輪になって遊ぶ際の問いかけで、遊び歌としての要素です。
■ この歌が伝えているもの
「ずいずいずっころばし」は、江戸時代の庶民の暮らしや権力に対する緊張感、日常の食事や不安を、歌や遊びに変えて楽しむ“したたかさ”を、子どもの遊び歌という形でやさしく包み込んだ歌だと考えられている。
背景を知ると、童謡ひとつにも、当時の暮らしや思いが込められていることが分かります。
なるほどねぇ・・・!

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