先週、千葉県に行った際に心温まる光景を見たのでご報告します。 ある電車に乗り込みました、両サイドに座席があるタイプ・・(山之手線とか京浜東北線の座席と同じ) 電車が動き出したら、どこかにあった空き缶がこちらに転がり始め、社内の真ん中にピタッと停止! 内心、「こちらの方に転がってくるなよな〜」と100%、情けないモード状態だったです(-_-;) 次の駅で高校生が2人乗り込んできて、座席に座る前に、一人が空き缶を転がらない様に立てかけました。 2駅位過ぎた駅で、缶を立てかけた学生が素早く空き缶を持って降りるじゃぁないですか!!! 「偉いなぁ〜!!」 簡単そうですが、中々できないこと。 この光景を見て、「自分のところに転がってこないければいいな〜」というような、情けないことを思った事、大反省しました。 本当は大人が見本を見せなければならないところを、逆にこの高校生から学ぶことが出来ました(^_^) 鉄道ジオラマ 東京〜新大阪までが縮小されてる。 線路幅16.5mmHOゲージ
僕もその一人ですが、ブログを毎日投稿している人も沢山いるのではないでしょうか? 初めて伺った時など、コメントを入れたりする時がありますが、ほとんど返事がない場合が多いかな?^^; こちらのブログに返事がない場合はそれでお終いになるパターンが多いですね^^; 返事を頂く場合は、コメントのやり取りが続くようになります。 現在、コメントを頂いている皆さまはそういうことでのご縁!(^^) でも、ブログ維持管理などで結構時間が取られるので、facebookのフォローがちょっとおろそかになっていること、大変に申し訳有りません・・・m(__)m 溶射屋ブログ画面
ある会合の懇親会を某ホテルで行うことになり、そのホテルの宴会担当の方と打合せをするために電話したところ、 「恐れ入りますが、担当の○○は9時半過ぎに出社します」と言われたので、 いつもの癖で、「じゃぁ、こちらから改めてお電話します」と応えた所、 (ホテル窓口)「それでは宜しくお願いします」・・・と言う会話で電話を切りました。 でも、なんだかモヤモヤした感じ・・・・・。 「宴会担当に掛かってくる電話だから、お客様からの電話と思わないのかなぁ?」 普通は、「こちらから折り返しお電話させて頂きます」と言うのが当たり前ゃぁないのかなぁ・・・・って! このホテルは1年に1回は会合などで訪問している都会の駅近くにある伝統あるホテル。 今回の電話応対だけで、なんとなくホテルに対しての印象が悪くなってしまいました・・・・。 電話に出た方の応対一つで全体の印象が決まってしまうのは恐ろしいことだと、改めて思った次第。 追伸・・・後で電話したらデパートの構内放送で聞くような、あの声色で、いかにも訓練されたプロというような方の、ていねいな応対だったでそのギャップにちょっとビックリです(^_^;) 富士山 8月31日・5時20分頃頃
先日、静岡県の出先機関の方が村田ボーリング技研に来社していただいての打合せ! カタログを頂いたのですが、カタログの右下に「QRコード」のようなのがあったので、お聞きした所「音声コード」なるものだそうです。 目の不自由な方が専用の読み取り装置によって文字情報を聴くことができる優れものらしい。 まだ読み取り装置が高いので、そんなには普及していないらしいですが、点字情報よりは、より正確にしかも、気軽に情報が得られるのではないかと思いました。 近い将来、スマートフォンや携帯電話などによって簡単に文字情報が音声で聴ける時代がくることは間違いでしょうね\(^o^)/ 皆さん、音声コードってご存知でしたか? 音声コード 右側の2つの半割れの切掛けは「音声コード」とその位置を示しているのだと思います。
何日か前に多分、ラジオだと思うおですが(、・・もう記憶にない^_^;・・・)、神宮と神社のことを放送していました。 神社と神宮の違いって今まで全く意識していませんでしたが皆さまご存知だたったでしょうか? ・・・・って、そんなの「あたり前田のクラッカー」って言われそうですが・・・古い!(^_^;) 神社は説明するまでもありませんが、神宮とはWikipediaによると下記のように書かれています。 明治以降、天皇、皇室の祖先神や大和平定に功績のある特定の神を祭神とする神社の一部が、社号を「神社」から「神宮」に改めた。 第二次世界大戦終戦までは、「神宮」の社号を名乗るためには勅許が必要であった。 神宮って皇室にご縁がある神社だったんですね。 ちなみに、日本書紀によると「伊勢神宮」と奈良県にある「石上(いそのかみ)神宮」のみが、「神宮」と記載されており、特に石上神宮は日本最古設立の神宮になるそうです。 伊勢神宮・・・今年の4月撮影この階段を上がり切るまで30分かかっった。こんなに混んでいたのは年始以来のことでビックリ・・・。 東日本大震災の不安とパワースポットブームの影響があるとか・・・・ 伊勢神宮の鳥居の前で、いつもと同じワンパターン・・・(^_^;) 追伸・・・・今週末に山梨県韮崎市内で開催される「全国ポータルサイトサミット2011に弊社の勝田と一緒に参加しますので、出席する皆さまよろしくお願いします\(^o^)/
日本の法律は衆議院と参議院の両議院で可決されると手続きを追って法律になることは周知の事実です。 しかし、最終的に天皇陛下が書類にサインをして、初めて法律になることは意外と知られていないのではないでしょうか? 日本国憲法に「天皇の国事行為」が記されています。 第1章 天皇第7条 【天皇の国事行為】 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 1号 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。 2号 国会を召集すること。 3号 衆議院を解散すること。 4号 国会議員の総選挙の施行を公示すること。 5号 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。 6号 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。 7号 栄典を授与すること。 8号 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。 9号 外国の大使及び公使を接受すること。 10号 儀式を行ふこと。 つまり、法律も、国会の招集も、衆議院の解散も陛下のサインがなければ成立しないということです。 陛下がサインできない場合は皇太子殿下が代理を行うのでしょうね。 天皇陛下と皇太子殿下の両方が海外に行って、二人とも日本に戻れなくなってしまった場合に法律が成立しなくなるので、二人同時に海外に行くことは絶対にないのでは? 日本国国旗
7月31日に縁があって、岐阜県恵那市明智町(旧明智郡明智町)で開催された「大正百年改元記念式典」に出席してきました。 今年は、1912年7月30日の大正元年からちょうど100年目。 日本大正村は、1986年(昭和61年)12月、旧恵那郡明智町が町おこしのために開村。 この大正村が主催したのが「大正百年改元記念式典」です。 ここは、かつて蚕糸を地場産業としていた頃そのままに、街全体が大正時代のたたずまいを残している場所でもあります。 カタログには「生活、文化、建造物、街並みや風景や人情までふくめて町ぐるみが日本大正村。観るというより感じて欲しい」と書かれていました。 初代村長が高峰三枝子さんで、現在二代目村長が司葉子さん。 ちなみに「”大正”を全面に押し出している所は日本でも大正村しかない」 と式典で来賓の方が話していました。 大正はわずか15年(1912年〜1926年)しかありませんが、日清、日露戦争に勝利し、1914年からの第一次世界大戦の連合国の一員として勝利、好景気にも湧いた時代でもありますが、大戦後(1918年)の恐慌(1920年)や関東大震災(1923年)も体験した激動の時代でもあったそうです。 大正村案内図 明知町全体が大正村となっていて、村はボランティアで運営。 式典が開催された「明智かえでホール」 おもちゃ資料館(左) 入館料 大人500円・子供300円 大正村街並み(右) 日本大正村資料館 入館料 大人500円・子供300円 建物には割烹旅館 笹乃家の看板がありましたが、1FはSNACK BAR AMIの文字が・・・昼間はコーヒーショップかな?^^; ワープ・・・なんか立体的に見えませんか\(^o^)/ 上の方に山口自転車とかいてあるので昔は自転車屋だったのだろうか・・・今はフォトギャラリー。 浪漫亭(おみやげ屋)の前でみんなが楽しそうに順番に太鼓を叩いていた 幻想的な空模様‥‥・前日は岐阜県に大雨警報発令! 提灯行列で歩く道にはペットボトルに入れたろうそく(確か)3000本 ”がんばろう日本!東日本大震災振興応援 提灯行列 最前列真ん中にいるのが司葉子村長 左が可知恵那市長 次回は式典の様子を報告します。 追伸:今日は皆さまの所にお邪魔できません・・・・。