社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2019.05.06

仕事外で仲間と楽しくできるスポーツっていいですよね!

2日の仕事終了後に社員の有志十数人が集まりフットサルを楽しみました。

中には小4と少1の子供を連れてきたパパもいたし、小さいお子さんを連れてきた家族もいて楽しい1
時間半となりました。

お子さんの「パパ〜がんばって!」という声援に、参加しているメンバーの頬が思わず緩みます。

普段見られない姿や言動があったり、部門が違った仕事仲間が一つになって汗をかくことができることって素晴らしいなぁとつくづく感じました。

終了時間10分前に応援に来てくれたMさん、ラスト1分は自らキーパーを志願して場を盛り上げてくれました。

フットサル

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2019.05.05

平成最後の天皇皇后両陛下のご会釈でした!

毎年、皇居勤労奉仕活動に参加していますが、今年は4月23日(火)〜26日(金)と平成最後の奉仕団として参加してきました。
 
皇居勤労奉仕とは皇居内の清掃を行うというもので、昭和20年の終戦直後に空襲で荒れ果てた皇居を宮城県の青年一団がMPに逮捕されるかもしれないという覚悟を持って手弁当で上京し、後片づけを願い出たことがきっかけで現在まで引き継がれている皇居内の定期的に開催される行事の一つ。
 
広大な面積の皇居は奉仕団の清掃活動によって維持ができているそうです。
 
4日間の楽しみの一つに清掃する先々の場所を宮内庁職員が説明してくれるということと、メインイベントは皇居内で天皇・皇后陛下、赤坂御用地内で皇太子殿下・妃殿下のそれぞのれのご会釈があります。
 
ご会釈とは約5団の奉仕団と総勢150名の団員が用意された部屋に集まり、団ごとに整列したところに天皇皇后両陛下がお出ましになり、各団長にどのような活動をされているかを直々にご下問され、団長はそれに答えるというもの。
 
団長と両陛下の会話は至近距離にいる団員にも聞こえてきますが、なんといっても両陛下が放つオーラがもの凄く自然と涙が流れてきます。
 
今回の天皇皇后両陛下のご会釈は奉仕活動最終日の金曜日15時40分からだったので、正に平成最後。
 
両陛下の「本当にご苦労様でした」という心からのお言葉が我々の心にも伝わり、いつにも増して感激の涙を流す人が多かったのが印象的でした。
 
ご会釈を終えられ、お車に乗られて帰る時も、我々の団が見えなくなるまで座席から身を乗り出して最後の最後までお手を振っていた姿に両陛下のお気持ちが伝わってきました。
 
「本当にお疲れ様でした」
 
2011年からは弊社幹部社員と一緒に参加していますが、とてもよい勉強になっていると思います。
 
写真:入出する皇居桔梗門(ききょうもん)

皇居 桔梗門

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2019.05.04

駿河徳川家が存在していたことを初めて知りました!

水戸黄門が大好きでテレビの再放送を楽しみにしています。

黄門のことをネットで調べていたら、駿河徳川家が存在していたことを初めて知りました。

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二代将軍・秀忠の三男である忠長(家康孫)が1624年に駿河国(静岡県中部、東部地区)、遠江国(静岡県西部地区)の一部、甲府藩の合計55万石を拝領し、駿河徳川家を創設した。

しかし、不行跡を理由に父である秀忠より蟄居を命ぜられた後、兄である3代将軍・家光によって改易され、高崎に幽閉されたあとに幕命により自刃したことにより駿河徳川家は一代で断絶。

尾張徳川家(家康九男)、紀州徳川家(家康十男)、駿河徳川家(家康孫)で御三家と言われた時代もあった。

・・・・・・・・・・・・

ちなみに、水戸徳川家(家康十一男)は駿河徳川家が断絶した後の創設なんだそうです。

この記事を投稿する前に、ネットで調べた歴史情報がおもしろく、あっという間に2時間半も経過してしまいました。

若い時から歴史に興味を持っていたらと思うばかりですが、今さらだけど調べれば調べるほどおもしろいです。

しかし、年齢のせいも有りますがインプットされたと思っても直ぐに細かいところを忘れてしまうのが問題かなぁ〜・・・(汗)

徳川忠長(2代将軍秀忠の三男・家康の孫)

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2019.05.03

何もネタが浮かばない時は!

起床してからネタが浮かびません・・・・・。

ネタ作りに愛犬を近くの公園に連れていきました。

写真は、草の上で寝転がっている「まる」です(^.^)

愛犬まる


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2019.05.02

三種の神器の一つ「草薙の剣」

 
今回の、天皇陛下「退位」と「即位」の儀式で登場した三種の神器。
 
その中の一つである「剣」
 
報道等では「剣」という言い方をしていたように思いますが、調べると「草那藝之大刀」(くさなごのたち)の名称が「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)になったと。
 
ちなみに静岡市には「日本平」「草薙」「焼津市」という地名があります。
 
日本平(にほんだいら)の地名の由来は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐のため東組国に向かう途中、敵の包囲軍に火を放たれ危機に陥った時、倭姫命(やまとひめのみこと)から預かった宝剣で周囲の草を薙ぎ払い活路を見出した。
 
それによりその剣は草薙、その地は「ヤキツ」(焼津)と称さるようになった。
 
その後、有度山(うどさん)の山頂に上り周囲を見渡したということで「日本平」と名付けられた。
 
このときに用いられた宝剣を「草薙の剣」(くさなぎつるぎ)と言い、第12代・景行天皇は息子である日本武尊の勲功を称え、草薙神社(草薙)に日本武尊を祀る社を建立し、神体として草薙剣を奉納した。その後、熱田神宮に奉祀されている。
 
三種の神器の一つである「草薙剣」が我が静岡市や隣の焼津市に関係しているなんて嬉しいじゃぁないですか。
 
歴史って調べれば調べるほど面白いですね〜!
 
追伸、昨日体長を崩して38.5度の熱が出ましたが今は平熱ですが、お腹の調子がおかしく新幹線のぞみ状態。
数多くの皆さまからご心配をしていただき、ありがとうございます。
草薙神社

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2019.05.01

十数年ぶりにダウン!

一昨日、福島県郡山市内に前泊、翌朝東北工場入り、その後移動して愛知県内にある名古屋工場に入りました。
 
昨日の朝から体の調子が悪く、時間が経つにつれて熱っぽくなっていき、名古屋工場を出たあと三河安城駅に向かうカーシェアの車の中で寒気がしてくるじゃぁないですか。
 
車を駐車場に戻して、駅までの5分間は早歩きもできなく、ブルブルと震えながら歩きました。
 
三河安城駅から静岡駅までの1時間は指先がしびれ、寒くてしかたありません。
 
静岡駅から自宅までなんとかたどり着き、すぐに布団にもぐりこみましたが、熱を測ったら38.5度もあるじゃぁないですか?
 
今朝は少し熱は下がりましたが、体がだるいので安静にしていようかと思います。
 
体がこんなような状態になるのは、10数年ぶりのできごと。
 
免疫力が下がっているのでしょうね。
 
平成の夜から令和にかけて、体がおかしかったこと、一生の思い出として記憶に残りそうです。

幻想的な空模様

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2019.04.30

毎月々の行動予定!

毎月月末の給与支給日には社員の皆さまに「ご苦労さまでした」と明細を手渡ししています。
 
月末に名古屋工場入った後に静岡本社工場に戻る。
 
月末前日には東北工場→東京営業所と移動。
 
別パターンとして、月末前日に本社配布後、夜のうちに郡山市に入り、翌日に東北工場→東京営業所→名古屋工場。
 
写真は今朝の郡山駅。この後、7時半にカーシェアを使い東北工場に向かう予定です。


郡山駅

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