社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2026_02/24

「門田隆将氏講演会を開催。福島原発・硫黄島の真実に学ぶ日本人の生き方」

弊社主催の「第33回社員勉強会」のご案内。

この勉強会は、本来は弊社社員のための学びの場ですが、多くの皆様と共にこれからの日本を考える機会にしたいと考え、一般公開しております。

営利目的ではありませんので、どなたでもお気軽にご参加いただけます。

今回の講師は、作家・ジャーナリストとして数々の心揺さぶるノンフィクションを世に送り出されている門田隆将氏(かどた りゅうしょう)。

講演は二部制で、門田先生の代表的な二つの著作を軸に、私たちが今学ぶべき日本人の姿を赤裸々に語っていただきます。

第一部:福島第一原発事故、極限下での決断

門田氏の著書『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』をテーマにお話しいただきます。

2011年、全電源喪失という絶望的な状況下で、最前線の陣頭指揮を執った吉田昌郎所長ら決死隊の記録。

映画『Fukushima 50』の原作としても知られる本作。

死を覚悟した現場の闘いと、吉田氏の「覚悟の決断」を通して、事故の真実を浮き彫りにします。

第二部:時を超えて届く、魂の遺言

門田氏の著書『大統領に告ぐ』より。

昭和20年3月、激戦の硫黄島で玉砕した海軍少将・市丸利之助氏が、アメリカ大統領へ宛てて認(したた)めた一通の手紙。

「日本海軍、市丸海軍少将、書ヲ『フランクリン ルーズベルト』君ニ致ス」

この手紙は、西洋諸国による人種差別や当時の国際情勢の危うさを鋭く突き、ルーズベルト大統領の目を開かせようとしたものでした。

81年の時を経た今、この魂の叫びが私たちに何を問いかけるのか、共に探ります。

極限状態において、なぜ人はこれほどまでに毅然と、大義のために生きることができたのか。

門田氏のお話を通じて、困難な時代を生き抜くための「心の軸」を共に学んでみませんか?

皆様のご参加を、社員一同心よりお待ち申し上げております。


第33回 村田ボーリング技研株式会社 社員勉強会(一般公開)

講師: 門田隆将 氏

日時: 2026年4月18日(土)13:00 ~ 16:30(開場 12:30)

会場: 静岡グランシップ 11F 会議ホール「風」(JR東静岡駅南口 徒歩5分)

料金: 一般 2,000円 / 大学生以下 無料

お申し込み 画像のQRコード、または弊社HPより承ります。

お申込み方法

以下のリンクよりお申し込みください

https://www.murata-brg.co.jp/seminar

2026_02/23

「ひな人形を飾る意味とは?」

昨日、我が家ではひな人形を飾りました。

一年間、暗い箱の中で出番を待っていたお人形たち。

「ようやく外に出られたね」と、お人形たちの喜ぶ声を想像しながら、妻と一緒にゆっくりと時間をかけてセッティングをしました。

現在、私には6人の孫がいます(女児は1人)

毎年飾ることで、孫たちが大人になったとき,

「みっちゃん(おじいちゃん・私)とさっちゃん(おばあちゃん・妻)の家では、毎年ひな人形を飾ってくれていた」

と、そんな温かい記憶が心のどこかに残ってくれれば、これほど嬉しいことはありません。

ふと、「なぜひな祭りに人形を飾るのだろう?」と気になり、改めて調べてみたところ、単なる飾り物ではない、深い「祈り」の意味が込められていました。

ひな人形にこめられた由来

・厄払いの儀式「流し雛」 古代中国の、川の水で心身を清める行事が日本に伝わったもの。自分の汚れを移した紙の人形を川に流す習慣が、今のひな祭りのルーツだと言われている。

・平安時代の「ひいな遊び」 平安貴族の間で流行した、紙の人形を使ったおままごとのような遊び。「ひいな」には「小さくてかわいらしいもの」という意味がある。お内裏様(おだいりさま)とお雛様(おひなさま)は、理想の夫婦像の象徴で、「良いご縁に恵まれますように」という願いも込められている。

・身代わりとしての守り神 江戸時代、人形は「流すもの」から「飾るもの」へと変化した。人形が子供の身代わりとなって、災いや病気を引き受けてくれると信じられるようになった。

ひな人形を飾ることは「良い縁に恵まれ、災いから守られ、幸せな人生を送れますように」という、親や祖父母の願いが形になったものなのですね。

人形を一つひとつ丁寧に並べる時間は、孫の幸せを祈る大切なひとときとなりました。

2026_02/22

「SNS連続投稿は自分磨き!」

2005年12月27日に「溶射屋ブログ」をスタートしてから、早いもので21年目に入りました。

2008年8月5日からは連続投稿中。

日々ブログを書くことは、私にとって何よりの「自分磨き」となっています。

それ以外にも、毎日発信し続けることでしか得られないメリットを、身をもって感じている一人です。

出会った方々に「ぜひ毎日投稿してみてください」と勧めすることもありますが、実際に投稿する方は、残念ながら一人もいらっしゃいません。

日々投稿している人だけしか感じられないメリットがあるの残念ながら伝えられません。

投稿したブログは、サーバーに記録が残る限り、末永くこの世に刻まれます。

それはつまり、私の「想い」が子孫へと受け継がれていくということでもあります。

少なくとも、今いる6人の孫たちが成長した時、この記事を読めば「おじいちゃんはこういう考え方で生きていたんだな」と分かってもらえるはず。

未来の孫たちへ贈る、心のバトン。

これからも、日々の気づきを大切に書き残していきたいと思います。

写真は3年前、次女夫婦の長男の一升餅のお祝いにて。この後さらに2人の孫が生まれ、今は6人となっています!

2026_02/21

あれ、「伯父(伯母)」と「叔父(叔母)」の違いってなんだっけ??

「あれ?、『伯父(伯母)』と『叔父(叔母)』の違いってなんだっけ・・・?」

ネットで確認したこと、ありませんか?

ここでAIチェック!!

父母のどちらから見て「兄(姉)」か「弟(妹)」かによって、使う漢字が異なる。

「伯父(伯母)」は、父母の兄(姉)にあたる人を指し、

「叔父(叔母)」は、父母の弟(妹)にあたる人を指す。

中国の古い言葉では、兄弟の順序を「伯・仲・叔・季」と呼び、一番上を「伯」、三番目を「叔」としていた名残なのだそうです。

(私)「へ~、なるほどねぇ!!」

私が入社初日に「両手を使え!」と怒鳴られたのは、父の弟である「叔父」でした。

普段は優しい叔父が見せた、仕事場でのあの峻烈な表情。

そこには、身内だからこそ甘えを許さないという深い愛情があったのだと、45年経った今、改めて感謝の念が湧いてきます。

言葉の正しい意味を知ることで、これまでの思い出がより鮮明に、より豊かに感じられる。

そんな気がしています。

写真:13年前の家族写真。

「若いなぁ~!」3人の子供たちは、現在それぞれ結婚し、2人ずつ計6名の孫がいますが、孫たちはまだ「おじさん」という言葉は使っていません(笑)

2026_02/19

今でも鮮明に残る記憶、入社初日の雷!「両手を使え!」

私が村田ボーリング技研に入社し、名古屋工場の製造担当に配属されたのは45年前。

入社初日のことは、今でも鮮明に覚えています。工場内に設置されたクレーンを動かそうと、ペンダント式の操作器を片手で扱っていた時のことです。

それまで「優しい叔父さん」だと思っていた常務から、突然、厳しい口調で怒鳴られたのです。

「両手を使え!」

その一言に、私は全身が凍り付くほど驚きました。それと同時に、「仕事場とはこれほどまでに厳しい場所なのだ」と身をもって教わった瞬間でもありました。

それ以来、私はクレーンの操作だけでなく、あらゆる場面で「両手」を意識するようになりました。

例えばクレーン操作なら、「東・西」と「南・北」を片手ずつで操作し、一度に2方向へ同時に動かす。そうすることで、作業効率は劇的に変わります。

この「両手を使う」という習慣は、45年経った今でも私の思考のベースにあります。

一つのことだけでなく、常に多角的に、そして効率的に物事を進める。

あの日の叱咤激励が、今の私の仕事のスタイルを作ってくれました。

写真、11年前に80歳で勇退したK常務。現在91歳。

2026_02/17

静岡の仲間! サイダ・UMS様が綴ってくれた村田ボーリング技研の素顔

静岡県焼津市にある「株式会社サイダ・UMS」の社長様と総務部の望月様が、先日弊社へ見学にお越しくださいました。

社長様は、息子が通っていた高校の先輩というご縁でもあります。

切磋琢磨する地元の仲間に、私たちの「人を大切にする経営」や「現場の活気」をどのように感じていただけるか、少し緊張しながらもお迎えしました。

後日、望月様が自社ブログにその時の様子を綴ってくださったのですが、その内容があまりに温かく、読んでいるこちらが胸が熱くなるほどでした。

お時間のある方は下記ブログ記事をお読みください。

株式会社サイダ・UMSさんのブログはこちらです!

https://www.saidagroup.jp/ums/blog/company-tour-report-muratabrg

2026_02/16

「同業者と『競う』のではなく『共に生きる』がいい!」

仕事において、同業者との過度な価格競争に巻き込まれるほど不毛なことはありません。

無理な値下げは自社の体力を削り、結果として「薄利」を招くだけで、誰にとってもメリットがないからです。

私は、価格で競い合うよりも、お互いの強みを認め合い、補い合える関係を築きたいと考えています。

相手が得意とする分野は迷わず発注し、逆に自社の得意分野では頼りにしていただける。

そんな「共存共栄」の形こそが理想です。

「困った時はあそこに相談してみよう」と、同業者の皆様からも気軽に声を掛けていただけるような、懐の深い会社をこれからも目指してまいります。

写真:本社玄関を入ると「ムラタ坊や」のお出迎え!