社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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2020.01.05

お賽銭を投げていませんか?

参拝時にお賽銭を投げていませんか?

混んでいる神社仏閣で賽銭箱にお金を投げ込んでいる光景をみるたびに「なんかおかしいなぁ!」と思ってしまいます。

お金は投げるものなのでしょうか?

人間界では支払いの際にお金を投げるのは非常識なのに、

神様や仏様に向かってお金を投げ込むというのは、とんでもない非常識なことじゃぁないのかなぁと・・・。

お賽銭も財布に入っている小銭ですまそうとするのか、少しでも多くしようとするのかでも違うのではと感じます。

ちなみに私は賽銭箱に近づき静かに入れるようにしています。

写真:静岡浅間神社
静岡浅間神社

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2020.01.04

神や仏から信頼される人間とは・・・!

仕事や私生活において報告・連絡・相談をする人は信頼されますが、

お願い事ばかりする人は信頼されません。

そういう人に対しては「この人はもっと苦労したほうがいいな!」と思うもの。

神や仏が、

「報告・連絡・誓い事を言う人」

「お願い事しか言わない人」

どちらに味方してくれるのでしょうか?

人間対人間と同じで、お願い事ばかりする人に対しては「この人には苦労させたほうがいいな」と思うのではないでしょうか?

写真は静岡浅間神社

静岡浅間神社

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2020.01.03

朝陽にはパワーが宿っています!

昨日、富士山世界文化遺産の構成資産に登録された美三保の松原に日の出をみに行きました。

ここは富士山と三保の松原と駿河湾と伊豆半島を一度に見ることが出来る場所なんです。

 
日の出は伊豆半島上空にかかる雲の上からとなりましたが、太陽光は人々の心に安心と暖かさを与えてくれます。
 
家族で素敵なシーンを堪能することができたこと本当に感謝しかありません。
 
「早起きして良かった~」

三保の松原にて

日の出

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2020.01.02

1年のご報告!

12月31日はお墓参りと静岡静岡浅間神に1年の報告に行く日と決めています。

18時過ぎの境内は参拝する人も少なく、物静かで厳かな雰囲気に包まれているので、参拝するにはもってこいの環境なんです。

神職や出店の皆さまが最後の段取りに余念がなさそうでした。

静岡浅間神社

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2020.01.01

2020年、明けましておめでとうございます!

皆さまに昨年に何かとお世話になりましたこと、心から感謝申し上げます。
 
毎日、継続投稿できるのも皆さまの温かいご支援があるからこそだと思っております。
 

今年も前向きに歩んで行きたいと思っておりますので何とぞ宜しくお願い申し上げます。

日の出

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2019.12.31

1年ありがとうございます!

いよいよ2019年の大晦日、皆さまには今年も大変にお世話になりました。

本当にありがとうございます。

現在62歳ですが、老けたシルバ―になりたくないと適度に走りながら適度な運動をしてきました。

その結果、しまだ大井川マラソンで42kmを完走できたのが収穫です。

若い頃、銀行の支店長というのは黒ぶちのメガネを掛けたどっしりとして雲の上のような存在でしたが、いつのまにか同年齢と思っていたのが、今では年下となり、人生経験が多い方が私となりました。

来年は今年よりも若返りたいと思います(笑)

どうか宜しくお願いします。

感謝、感謝、ありがとうございます。

写真:日の入り

日の入り

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2019.12.30

神風特攻後続隊!

2012年3月21日と4月4日に、父が志願した「神風特攻後続隊」の記事をブログに投稿しました。

神風特攻後続隊・入隊許可証
https://www.murata-brg.co.jp/weblog/2012/03/21
神風特攻後続隊
https://www.murata-brg.co.jp/weblog/2012/04/04

今年12月に「神風特攻後続隊のことでお聞きしたい」と中日新聞記者から電話があったたので、父から聞いていたことを伝えました。

今日たまたま「神風特攻後続隊」をネット検索したら中日新聞HP12月30日朝刊号でその記事がアップされていました。

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要約すると、

太平洋戦争で、多くの若者が命を落とした神風特別攻撃隊。終戦間際、その名前を冠す私設部隊「神風特攻後続隊」が組織され、女性も入隊していた。

戦争と平和の資料館ピースあいち(名古屋市名東区)で開催中の企画展「寄贈品展」で、その存在を示す資料が展示されている。

1945年(昭和20年)1月31日付けの中部日本新聞(現中日新聞)の入隊を募る記事では同年2月11日に結成するとされており、本土決戦に備えた私設部隊だった。

8月12日付けの記事では東海本部を名古屋市に置き、東海4県で約2,000人でそのうち3割が女子隊員だったと。

元神風特攻後続隊総司令だった常岡瀧雄氏が1969年に出した著書「大東亜戦争の敗因と日本の将来」によると全国で4万人の入隊者がいたとされている。

本土決戦で一億総玉砕を言われていた時代で、女性も戦力とされていた。国のために命を懸けると誰もが思っていた。

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父の入隊許可証の日付けは終戦10日前の、1945年(昭和20年)8月5日。

靜岡工業高校卒の父は、友人と一緒に申し込み、その血判状を祖父に見せた所、黙って受け取り後日、日本刀を渡してくれたと!


日本刀を渡すことで自分の思いを息子に伝えたかったのでしょう。

ちなみに徴兵は20歳、工業高校卒業の場合は1年遅れだったのですが、父が申し込んだのは高校卒業後の夏でした・・・。

若い頃は耳にタコができてしまう位に何回も聞かされた話しですが、今となってはその話しを録音しておけばよかったと思うばかり。

そんな父ですが92歳となった今でも健康でいてくれています。

今日発売の新聞で記事が紹介されるということは聞いてはいませんでしたが、虫の知らせがあったのでしょう、自分でも驚くばかりです。

中日新聞記事(会員登録しないと全文読めません)
https://v.gd/EokpUb

神風特攻後続隊入隊許可証

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