昨日、20年ごとに執り行われる「第63回 伊勢神宮式年遷宮」のお木曳行事の記事をupしました。
今まであまり気にしたことがなかったのですが、ふと、「伊勢神宮って、一体誰が創建したのだろう?」という疑問が湧いてきたので、調べてみました。
現在の内宮(皇大神宮)の場所を定め、天照大御神をお祀りされたのは、今から約2000年前の第11代 垂仁(すいにん)天皇の皇女、「倭姫命(やまとひめのみこと)」です。
それよりも前、天照大御神は天皇の宮中(現在の奈良県にあった大和の都)で、天皇と同床共殿(どうしょうきょうでん:同じ部屋で一緒に暮らすこと)としてお祀りされていました。
しかし、第10代 崇神(すじん)天皇の時代に「神様のパワーがあまりにも強すぎるため、宮中からお出しして、もっとふさわしい清らかな場所でお祀りしよう」ということになったのです。
そこで、神様の「御杖代(みつえしろ:神様の杖の代わりとなって仕える者)」として、最高の地を探す旅に出たのが倭姫命でした。
大和の国(奈良)を出発し、伊賀、近江、美濃、尾張(三重、滋賀、岐阜、愛知)など、気の遠くなるような長い年月をかけて各地を巡られ、最後にたどり着いたのが伊勢の地でした。
伊勢に辿り着いたとき、天照大御神からこのような神託(お告げ)があったと『日本書紀』に記されているそうです。
「この伊勢の国は、美しい波が打ち寄せる国である。常世の国(海の彼方にある理想郷)からの波が帰る国である。素晴らしい国なので、私はここにいたい」
この言葉を受け、倭姫命は五十鈴川の川上(現在の内宮の場所)に社殿を建てたのが伊勢神宮(内宮)の始まりです。
一方、外宮がご鎮座されたのはそれから約500年後、第21代 雄略(ゆうりゃく)天皇の時代。
天照大御神の「食事」を司る神として、丹波の国から豊受大御神(とようけのおおみかみ)を現在の地にお迎えしてお祀りされました。
「なるほど・・・」
2000年もの昔、一人の女性が神様のために一歩一歩歩いて最高の地を見つけ、それが今もなお変わらずに守り続けられている。
そう思うと、伊勢神宮へ参拝したときのあの神聖な空気感や、先人たちが繋いできてくれた歴史の重みに、改めて深い感動と感謝の念が湧いてきます。
壮大な歴史のロマンに思いを馳せながら、今日も目の前の感謝・感謝の歩みを進めていきたいです。
写真:伊勢神宮 内宮



コメント(5)
おはようございます。
伊勢神宮へ行きたいと考えていますが、今日のブログで更にその思いが強くなっています。
ピップエレキバンが調べると神社は構造線上に多く磁場が強い場所が多いとか。
磁場のの強い所に行くと心地よさを人間は感じるとかいう内容のテレビを
以前放映してました。
おはようございます。
>天照大御神の「食事」を司る神として、丹波の国から豊受大御神(とようけのおおみかみ)を現在の地にお迎えしてお祀りされました。
豊受大御神(とようけのおおみかみ)の丹波の国は現在の丹後で、比沼麻奈為神社から移されました。
日本の稲作発祥の地とされています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E6%B2%BC%E9%BA%BB%E5%A5%88%E7%82%BA%E7%A5%9E%E7%A4%BE
おはようございます。
悠久の歴史を感じる話ですね。
女性の行動力が、神宮につながっているのですね。
天照大神も、女性でしたっけ?
神宮には1度しか行ったことがないです。
しかも駆け足の訪問でしたので、ゆっくり参詣したいです。
ぽちっ
こんにちは。
昨年、伊勢神宮で参拝しました。
今年も行こうと思っています。